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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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アイとセカイをめぐる冒険〈17〉

第四話 君は強い(4/5)



 4. 卑怯で結構

 ゴミを捨てに出て、ジュリはその男を見つけた。いつまでも眠っていたかったのだが、部屋に漂う異臭はそろそろ耐えがたい域に差し掛かりつつあり、今日こそゴミを捨てないわけにいかなかった。大した手間ではない。共用廊下の突き当たりのダストシュートにゴミ袋を放り込むだけである。
 臭いや部屋の散らかり具合が気になるということは、この暗い心もまだ病み果ててはいないということだろう。心などいっそ腐り果ててしまえばいいのに。ナヤーのいるところへ行くための最も手っとり早い手段を、手ずから実行できるほど。
 ジュリの暮らす集合住宅は西棟と東棟のに分かれている。どちらも半円形の建物で、それが向かい合って建つことによって、外からは円形に見えるのだ。
 半円形の廊下には、鉄骨とガラスの天井越しに朝の光が降り注いでいた。うんざりする、痛いほどの日光。下方に目を転じれば、エントランスホールの丸い花壇。
 その花壇のまわりをうろつく男がいた。
 灰色の毛織りのポンチョを被っている。身を切る夜風から身を守るためのものだ。では夜の間からここにいたのだろうか? 何となくその男を見下ろしながら廊下を歩く。
 すると男がジュリを見上げた。
 ジュリが暮らすのは十階。
 だが、それでも一階エントランスの男と目があったのがわかった。
 ジュリは手すりから離れた。なんとなく、男の目から自分の姿を隠すために。
 廊下の突き当たりまできて、エレベーターホールの奥の壁に取り付けられた鉄の小さなドアを開ける。そのドアにゴミ袋を放り込んだ。
 部屋に戻るとき、何となく、もう一度エントランスを見下ろした。ポンチョの男はまだいて十階を見上げていた。
 自室に戻り、もう一度ベッドに身を投げ出した。
 それからわずか一分。
 インターホンが鳴った。
「誰?」
 ドア越しに声をかける。自分でも驚くほどしゃがれ、疲れた声だった。ナヤーを喪って、一気に四十も五十も歳を取ったようだ。
「失礼します。ジュリ・カトウさんのお宅でよろしいでしょうか」
 平板な男の声。
 ジュリはチェーンをかけたまま、用心深くドアを細く開けた。
 先ほどのポンチョの男が、つばの広い帽子を胸に当てて立っていた。
 男は感情の見えない声で、無表情に告げた。
「おはようございます。私、コウキ・ヤシロと申します。亡くなられたナヤー・シルバさんの生前の研究内容の件で、大学OB会を代表してやって参りました」

「事件のことは、私も報道された以上のことは知らないんです」
 ナヤーの大学のOBだという男をキッチンに招き、ジュリは茶を出した。
 こんなことになるなら掃除をしておけばよかった。あと、消臭しておけば。男がそうしたことを気にかける様子はない。少なくとも表には出さない。
「あの日、彼がメディアパークの前にいたことも知らなかったし、どうしてあそこにいたのかもわからないんです」
「メディアパークはデートスポットとしても有名ですね。シルバさんがあそこに行かれたことは?」
「一度二人で行ったことがあります。でも」
 もう一度行こうという約束は果たされなかった。
「……でも、一度だけです。その日のデート以降、彼は調子がおかしいというか、ノイローゼ気味になってしまって。忙しかったのでしょうね」
 ヤシロと名乗る男は少し眉を上げた。
「ノイローゼ気味? どんなふうに」
 ジュリは困惑していた。何故そんなことを知りたがるのだろう?
「あまり家から出なくなって、大学にも最低限しか行っていなかったみたいですし、電話も出ずに……たまに趣味のビリヤード場に行くくらいで……いつもカリカリして、情緒不安定になって」
「ノイローゼというより、何かに怯えていたみたいですね」
「狙われていたと?」
「そうとは言い切れませんが」
「ナヤーは命を狙われるような物騒な研究はしていなかった――」
 ジュリが言葉を切る。
 張りつめた沈黙が流れた。
「どうしたんですか?」
「――いえ、言われてみれば……。ナヤーが研究を手伝っていた教授がいなくなったんです。ノイローゼみたいになり始めたのはその後からでした」
「教授がいなくなった? 失踪という意味ですか?」
「急な里帰りだとかで……でもナヤーの口振りでは、何か変だったみたいで……それは、OB会として大学の方に聞いたほうがよくわかると思いますよ」
「……それもそうですね。その教授については警察に話されましたか?」
「いえ、私からは。でも誰かが言ったんじゃないですか?」
「ナヤーさんは、研究については何も話されなかったんですね」
「そうですね。自作の紋様集を見せてもらったくらいです」
「自作の」
 と、ヤシロがテーブルに身を乗り出した。
「はい。塔の紋様ばかりを集めたものでした。彼、変わってるっていうか、一つのモチーフにやたらこだわりを見せる人でしたから」
「塔……」
「そうだ」と、ジュリが立ち上がった。「彼の遺品で、こういうものがあるんです」
 一度奥の部屋へと消え、戻ってきてテーブルに小さなアクリル板を並べた。全部で十枚あり、すべてに紋様が刻まれていた。
 ヤシロは凍り付いた眼差しをアクリル板に注いだ。
 その紋様は、『仮面』『杖』、『王宮』……。
 少しでも場を和ませようとしてか、ジュリが無理に声音を明るく変えた。
「紋様って、面白いですね。重ね合わせると他の図柄が現れるって聞いていたけど、見るのは初めてでした。ほら、『仮面』と『杖』を重ね合わせると、真ん中に……」
『林檎』
「それで、『杖』と『王宮』をあわせると」
『巨人』
 ヤシロはその巨人の紋様を、今では嫌というほど知っていた。その、六本指の、極めて珍しい紋様を。
「誰があなたにこれを渡したんですか?」
 緊張に声が尖る。ジュリが体を強ばらせる気配。
 ヤシロは少し慌てて声を和らげた。
「別に、まあ……ただ気になっただけですが」
「OB会の方が持ってきてくださったんですよ。ナヤーの大学の」
 今度はジュリが声を尖らせる番だった。目にはヤシロに対する不審がありありと浮かんでいる。
「お知り合いではありませんか?」
 ヤシロはそのジュリの顔を見る。白目は充血していた。両目の下には隈が浮き、顔色は悪い。ひどく眠そうに見えた。その顔がふとそっぽを向いた瞬間、ヤシロはアクリル板の〈杖〉と〈王宮〉を上着のポケットに押し込んだ。

 一時間後にはヤシロは、第二集積帯メディアパーク前の通りをせかせかと歩いていた。バザールは昨日で終わり、隊商は第三集積帯に移動する。通りにはゴミが散乱し、人気(ひとけ)はなかった。日は照り、日除けと風除けを兼ねたポンチョは暑かった。灰色の帽子を目深にかぶる。ほとんど小走りに近く、首筋が汗でひりひりした。それでも歩調をゆるめない。
 やがて目指す場所に着いた。
 その店が開くまで、まだ一時間ほどもあった。無論客の姿はなく、例の巨体を拝むにはまだ時間が必要だった。ヤシロは店の裏に回った。縁石に腰をかける。汗がスッと引いて、今度は寒くなった。既に日陰と日向でかなりの気温差が出始めている。
 冷たい石の上で足を広げて座り、帽子を更に深くかぶり直すと、ヤシロは考えた。
 あの男を見つけなければならない。できれば人混みを避けて。不意をつければ理想的だ。だがあの男は紋様の力を借りている。まったく見えないということはなかろうが、見つけだす自信はない。
 紋様銃がある。
 そのスコープを使えば、奴が近くに来たときに、あの忌々しい〈群衆〉の紋様を読みとれるはずだ。必ず気付く。……が、ここは日中の市街地で、その上少し前に大学生が射殺された場所だ。まさか銃を構えてじっと待ち伏せをしているわけにはいかない。
 ヤシロは溜め息とともに右手を目に当てた。だが今は、目を開けていなければいけないときだった。隠れたものを見るために。
 だがそれは、想像したほど面倒な仕事ではなかった。男は人目を忍ぶのが癖になっているのだろう。レストラン開店から十分後、彼は表通りではなく、裏通りを通ってきた。ヤシロが潜む裏通りだった。日が高く上り、建物の壁に投げかけられる影が小さくなっていく中、相手の姿に気がついたのはヤシロが先だった。
 曲がりくねった路地の坂を下りてくる。
 視覚に頼っていたら気付かなかっただろう。だがヤシロは聴覚によってその存在をとらえた。縁石から立ち上がり、建物の陰から顔を覗かせる。じきに坂のカーブから、巨体が姿を現した。
 周囲に人はいない。
 ヤシロはほとんど衝動的に、紋様銃〈ロ號参式〉を抜いた。
 銃口を男に向けてスコープを覗く。
 反応があった。
 紋様、〈群衆〉。
 今の男に、出会ったときの芝居がかった異様な陽気さはなかった。陰気でどんよりした細い目。歩みにあわせて揺れるたるんだ頬と腹の肉。
 ルーレットの安全装置を確かめる。強力かつ効果の読めない〈フィクション〉ルーレットのロックはそのままにした。〈戦い〉ルーレットのロックを外す。
 撃ってから、何の紋様か確かめもせずに撃ってしまったことに気が付いた。
 巨漢がたたらを踏む。彼は目の前にばらまかれた物が何か認識したようだ。
 まきびしだった。
 殺傷力の低いものだった。ヤシロはほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちで男がギャッと叫ぶのを聞いた。認識によって効果が高まったまきびしを、男が底のすり減った靴で踏んだのだ。ヤシロは銃口をまっすぐ向けたまま、路地へとゆっくり歩み出た。そして物も言わずにもう一度引き鉄を引いた。
「やあ、醜悪デブ」
 鉄の棘を体に叩きつけられ、男は跳びすさる。
「動かないでくれるかな」
 二歩前に出て、開いた距離を詰めた。
「コ、コウキ君」男は態度を決めあぐねていた。「どうして」
「どうも君とは賭け事勝負をしている場合じゃないみたいだからさ」
「卑怯――」
「卑怯で結構。どうやらジュリなんとかさんの様子を見てると、あまり猶予がないみたいでね。実力行使は禁止なんて条件は掛けに含まれてなかっただろ?」
 声を上げようと口を開く男に、
「黙れ」
 先制で声を奪う。
 そうしながら、指でルーレットを一面ずつ回していく。
「君は僕に聞かれたことだけ答えるようにしよっか。そうじゃなきゃ」
 カチリ。
 ルーレットを止めた。
〈密集隊形(ファランクス)〉
「死ぬよ」
 とん。とん。
 二人の男が対峙するそばで、子供がボール遊びをしている。路地裏の出来事を知りもせずに。
 とん。とん。
 ボールが弾む。
 爪先に転がってくる。暗闇の中で、ジュリは屈んでボールを拾う。
 闇が薄れていく。
「ママー」
 子供が来る。息子だ。四つになったばかり。三つだったけ。五つかもしれない。どうでもいい。どちらでもいい。重要なのはそこじゃない。子供はめいっぱい両手を伸ばしてくる。
「ママ、ボール!」
 ジュリは微笑み、腰を屈めた。
「ボール、じゃないでしょ。物を取ってもらったときはなんて言うの?」
 子供は柔らかい笑顔で「ありがとー」
 息子にボールを返し、顔を上げる。
 そこに最も重要なものが存在する。広い庭のデッキで折り畳み椅子に腰をかけ、背中を倒し、庭の妻子を見ている男。ジュリの手にはジョウロが握られている。
「ナヤー」
 ジュリは夫に呼びかける。夫がかけた眼鏡の向こう。二つの目に、先ほどの闇がある。
「ごめんね」
 夫は闇の目を細め、微笑みかけた。
「ごめんね。ごめんね……」





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