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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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アイとセカイをめぐる冒険〈15〉

第四話 君は強い(2/5)



 2.取引

 風がガタガタ窓を鳴らす中、運ばれてきてた三人分の夕食をヤシロたちは口に運んでいた。温め直されたトマトのスープが優しく香っていた。白いカーテンは外され、紺色のカーテンに変わっていた。影が映らないカーテンに変えるべきだとメイリンが主張したからだ。
 夕食の時間は、成果があってもなくても、その日の仕事をケネスがヤシロに報告する時間となっていた。
 今日、彼は王立図書館への立ち入り許可証を手に、邂国王室の高い壁をくぐった。例の希少な巨人の紋様が収録された稀覯本、『災厄前夜の紋様たち』の閲覧履歴を調べるためだ。
「閲覧履歴の公開はできかねます」
 司書の若い女はしとやかに、だがきっぱりと断った。
 ケネスは知覚研を通してその書物の閲覧申請をしていた。閲覧許可はでているのだが、閲覧履歴の参照は許されなかったのだ。
「所内でこの本を参照した者がいるはずなのですが」無表情に近い笑みを浮かべる司書にケネスは食い下がった。「古い論文でして。内容を検証するためにどうしても過去の閲覧者を確認したいのですが」
「申し訳ございません。閲覧履歴はそもそも公にする性質のものではございませんので」
 結局できたことといえば、『災厄前夜の紋様たち』の実物に目を通し、六本指の巨人の紋様が本当に収録されていることを確かめたことだけだった。
 そこでケネスはレン・ツジムラ略してレンツジに相談した。閲覧履歴を所望の旨伝えたところ、
「事情はわかった。私に考えがある」
 どういう考えがあるのかさっぱり想像もつかないのだが、つっこんで聞くと恐ろしいことになりそうなので一旦引くことにしたのである。
 ヤシロはスープ皿にスプーンをつっこんだまま尋ねた。
「それだけにしては随分帰りが遅かったね。他に何してたの?」
 すると、午後からケネスと行動を共にしていたメイリンが、ヤシロの隣で親の仇のように羊肉を食いちぎった。なんとなく人肉を食っているように見えて恐ろしかった。くっちゃくっちゃと噛みながら血走った目をヤシロに向け、
「インコみたいに言ってよ」
 ヤシロはメイリンをちらりと見たが、油にまみれた唇を見ただけでテーブルに目を伏せた。トマトの皮が沈む澄んだスープを見つめること数秒、ついぞ大きく息を吸い込んで、
「ソレニシテハズイブンカエリガオソカッタネ!!」できるだけインコに似せた甲高い声を、正面に座る、表情を殺しつつも頬の肉をタプタプ波打たせているケネスに叩きつけた。「ホカニナニシテタノ! ズイブンオソカッタネ! ピーチャン! ピーチャンナニシテタノインコノピーチャンホカニナニシテタノ!!」
「普通に喋れ!」
 メイリンが黙らせた。
「理不尽だ」と、隣のメイリンにぶつくさ言う。「ひどい。メイリンは僕が大人しくて真面目で無害な人だとわかってこういう理不尽な目に遭わせるんだ」
「無害……」
 ケネスはヤシロの体越しに、壁に立てかけられたアサルトライフルに目を向けた。
 フクロウ屋とやらに依頼した部品で組み立て、今日完成したという紋様銃『ハ號壱式』だ。
「……で、他に何をしてたの」
「メイリンと二人で業界誌を漁っていました。何か収穫があるのではないかと思いまして」
 ヤシロは目で続きを促した。
「後でコピーをお渡しします。概要だけ言いますと、第一集積帯の国立博物館に『災厄前夜の紋様たち』をはじめとする紋様学分野の稀覯本十三冊が貸し出された記事がありました。紋様学を啓蒙するための催しです」
「いつごろ? 主催者はわかる?」
「二年近く前です。主催者は亡くなられたシェンリー第九王女……」
「単独じゃないはず」味のない唾をのみ込んだ。「組織か、団体か……」
「ああ……コピー記事に載ってるはずです。邂国就学困難児支援協会……そうだ。『そらいろ基金』のキャンペーンだ。それを兼ねた催しだったと」
「『そらいろ基金』には不明の送金先があると書き立てられていたね」
 王女の事故死の真相は、その不祥事を苦にしての自殺ではないかと囁かれている。
「でも『そらいろ基金』は今も活動してるよ」
 と、メイリン。
「昼に行った図書館にもそれの募金箱が置いてあったもん」
「王女が死んでしれっと活動再開ってとこですかね」
 ヤシロはそれに対して何も言わなかった。

 大通りの入り口から電波塔を有するメディアパークまで、きっかり百メートル。その距離を、いくつの露天と小楽団とが埋めていることだろう。音は光のように満ち、積み上げられたオレンジとレモン、ビートとケール、トマトと紫キャベツ、その色彩、楽の音に合わせて踊る娘たちのスカートのひらめき、その色彩、石畳を打つ靴と肌、褐色、黄色、黒、白、その色彩。
 踊る足と行き交う足の中で、革靴を履いたヤシロの足は止まっていた。代金と引き替えに、黄色い花冠を受け取る。それを、藁色の髪に覆われたアリシアの頭に置く。ずらして位置を調整し、少し離して見る。微妙に角度を調整し、満足して微笑んだ。
「似合うよ」
 アリシアは笑みを浮かべて照れていた。
「もうこういうのが似合う歳じゃないよ」
 満更でもなさそうだ。
 十一時のチャイムが鳴り、二人は群衆の頭越しに、花弁に埋もれかけた花時計へと顔を向けた。チャイムはオルゴールの音色で、開いた文字盤の窓から出てきた男女の人形がくるくる回る。銀色のその人形が、直射日光を容赦なく照り返し、見ていられなくなってアリシアは目を背けた。それでもこう言った。
「きれい」
 その目の光による傷を、花冠の屋台の花々が癒す。きれい。
 ヤシロはまだ花時計を見ていた。人形が、文字盤の窓へと消えていく。何か言おうとした、そのとき、アリシアとは違う声。さほどの過去でもないのに、遠い記憶の淵と感じられる彼方から、女が囁いた。
『きれい』
 息が止まる。
 全身が冷たくなるのが自分でもわかった。
 自分の声が重なる。
 遠い記憶の声。
『時計は悪の領域に分類されるんだ』
 そう言った。
 確かに言ったのだ。
『どうしてなのか、はっきりしたことはわかってないんだ。でもおもしろいね。災厄以前の世界では、時間は悪だった』
「コウキ」
 アリシアが、今、ここに、自分の隣に立っているアリシアが呼ぶ。
「どうしたの?」
 喧噪と色彩とが体に戻ってきた。ブラスバンドの音色、声。橙、黄、赤、赤紫、緑、ピンク、青、白、茶……。
「いいや」
 ヤシロは微笑んだまま青ざめていた。
「少し早いけど、昼にしよう。混むと待たされるからね。この先に知ってる店があるんだ」
「人混みが苦手なの?」
 アリシアは、少し後ろをついてきた。
「得意ではないね」
「少し休んだほうがよさそう」
「ご飯を食べたらよくなるよ」
 ヤシロがアリシアを連れていったのは、夜はバー、昼はレストランとして営業している飲食店で、西大陸の料理を主に出す店だった。大きな窓には紫外線を防ぐシートが張られており、扉をくぐると、冷房のひんやりした空気と薄暗さが二人を包んだ。
 早めに来たというのに、すでにカウンター席しか空きがなかった。観葉植物の鉢の隣の席だった。
 あ、と、アリシアが椅子を引いて声をあげた。
「ワタ売りだ」
 大型の二輪車いっぱいに綿花の枝を積んで、ワタ売りが通りに来た。淡い桃色や黄色、青色に染められたワタが枝に豊かに実っている。
「ねえ、あれ、幸運のお守りなんだよ。知ってる?」
「ああ、知ってるよ。珍しいものは何でもお守りになるからね。綿花のような栽培に大量の水を必要とする植物では邂国では育――」と、我に返って自制をきかせ、「――なんでもない。買いに行っておいで。僕がランチを注文しておくね」
 アリシアの痩せた頬に朱色が差した。長い髪が翻り、黄色い花弁が舞い落ちた。アリシアが店を飛び出してもしばらく、ヤシロは床に残された鮮烈な黄色に目を釘付けにされたままでいた。
 ふと、体の右側から、暑苦しい質量が迫ってきた。
 身構えてそちらを見た。
 恐ろしいほど太った男がカウンター席の右隣から身を寄せてきていた。
 あまりに太っているので、顔のパーツが脂肪で押されて歪んでいるのか、または笑っているのかわからない。
 どうやら笑っているようだ。
「ねえねえコウキくん」
 吐き気を催す猫撫で声。
「あの子誰ぇ? 今日はデートなの?」
 表情をほとんど変えぬうちに、ヤシロは動揺し、また冷静さを取り戻しつつあった。
 そして静かに感動した。
 すごい。
「なんで僕の名前知ってるの……」
 すごすぎる。喉に脂肪が付きすぎて喉仏が見えない。
「ええ? いいじゃんいいじゃんそんなことぉ」
 それに着ている服の汗まみれなことときたら。
 すごいなあ。同じ量の汗を僕がかいたら干からびて死んじまうよ。
 それにこの腕。たぶん僕の首より太い。
 お店の椅子もよくこの巨体を支えてられるよなあ。……って思ったら、うわっ、これはひどい。お尻が座面の四倍くらいある。
 と、感動に感動を重ねてさらに感動を増し加えている間に気がついた。
 どうして席を取ったとき、隣に座るこの圧倒的質量の肉の塊に気付かなかったんだ?
「ねえ、ねえ」とデブが言い募る。「コウキくん、今日はお仕事しなくてもいいのぉ?」
「どこの誰だか知らないけど、同じ質問をそっくりそのままお返ししましょうか」
「ひどいなあ、こう見えても仕事中なんだよお」
 と、巨体を揺するので、椅子が壊れないか心配になった。
「あのね、ボクはね、いろんな難しいことを調べてる人のお手伝いをする仕事なんだあ」
「例えばどんな?」
「ねぇコウキくん、この言葉の意味知りたくなぁい?」
 と、一枚の紙ナプキンを、カウンターの上を滑らせて寄越した。
 油性インクで二文字書き記されていた。
『PB』
 努めて平静な口ぶりで問う。
「君は知ってるの?」
「えへえへえへえへ」
 笑うと目は肉に埋もれて二つの細い線となり、かろうじて開いたその線の奥には、光も感情も感じられなかった。ただ真っ黒だった。ヤシロは腕を覆うシャツの下でぞっと鳥肌を立てた。
「気持ち悪い奴だな」
「コウキくんはクールだねえ。そんなクールな君に見てほしいものがあるんだけど」
 肩越しに人差し指を後ろに向け、外を見るよう促した。ヤシロはこの男から目をそらす気になれなかった。目線をあげた。カウンターと厨房を仕切る壁がマジックミラーになっている。影絵で飾られたマジックミラーの中に、男の指さすものが移っていた。
 ワタ売りと、幸運を求めて群がる女たち。
 そこから離れて、メディアパークの鉄柵の前に女が一人立っていた。
 俯いていて暗く、陽気なバザールの風景から浮いている。
「あの子ジュリちゃんって言うんだ」
 何がおかしいのか、またえへえへえへと笑う。
「恋人があそこで撃ち殺されたんだ。強盗かな? 愉快犯かな? 一人で歩いてたらね、バァン、バァン、十三発も撃たれたんだって」
 マジックミラーの中で、笑うのにあわせて巨体が揺れている。
「痛そおぉ。かわいそおぉ」
「それが僕に何の関係がある」
「あの子の恋人は大学生だった。君の母校で、学部も同じだったんだってぇ」
「それで?」
「察しが悪いなあ」
 ワタ売りに近付こうと人混みの周りをうろつくアリシアの藁色の髪と、花冠が見えた。
「ジュリちゃんはね、無学な子なんだぁ。紋様学の『も』の字も知らない」
 肩で切りそろえられたジュリの髪は沈む黒。
「でも、恋人に執着するなら知ることになるだろうねぇ」
「あの子はあそこに立ってるだけだ。死んだとわかっているのならじきに諦めもつく」
「見えないものを見えるようにする。ないものをあるようにする。だったら死んだ人だって……」
 更に体を近付けてくる。体感温度が一度上がった。
「……紋様の力はそれを可能にする。そうだよねえ」
「あの子を覚醒させるのか?」
「ゲームしようよ」
 はじめて気がついた。
 この男が着る服の模様に。
「ねえ、君があの子の覚醒を阻止できるかどうか、ボクたちがあの子を覚醒させられるか、賭けをしようよ」
「ふざけないでくれ」
 背面も、表面も、同じ模様だった。
「賭けだというのなら、僕が得をする条件を出せ」
『群衆』の紋様。
 人々の中に埋もれ、誰でもない記号になる没個性化の紋様。
「じゃあ、これならどう?」
 だから、話しかけられるまで気付かなかったのだ。この肉の塊に。
「君がこの賭け勝ったらぁ、この『PB』っていう言葉の意味かぁ、行方不明のユイちゃんの居場所かどっちか教えてあげる。どっちがいい?」
「この言葉の意味を」
「ええ? ユイちゃんのことはどうでもいいのぉ?」
「君は何か勘違いをしていないか? 僕はただの紋様技師だ。正義の味方じゃない。……君は何が欲しい」
「じゃあねぇ、ボクどうしよっかなあ。そうだなあ。それじゃあ裏切り者のメイリンちゃんの身柄かぁ」
 思わず膝の上で丸めた指に力がこもる。
「それか、君の特別なかっこいい鉄砲の作り方かぁ。どっちにしようかなあ」
 水が飲みたかった。この男に話しかけられてから、ヤシロもまた誰の注目も浴びない人間と化していた。メニューすら運ばれてきていない。
「……わかった。君が勝ったら紋様銃の図面をやる」
「いいのおぉ? 嬉しいぃ」
「あんたのことは何と呼べばいい」
 男はヤシロから決して目をそらさず、「好きに呼べばいいよぉ」
「じゃあ醜悪デブ」
 一瞬、乾いた笑い声が止まった。
「醜悪デブ、君に会うにはどうすればいい」
「いつでもここに来ればいいよぉ」
 その巨体がそり立ち、ヤシロの体はその影に入った。
「じゃあ、ボクはこれで」
 男の重みからようやく解放されて、隣に小さな椅子が残った。背後の去りゆく気配に、ヤシロは振り返らず告げた。
「勝つのは僕だ」
 笑い声が返ってくる。
 男と入れ違いに、青とピンクに染められたワタを抱えたアリシアが戻ってきた。彼女は異様な巨体に何ら注意を向けなかった。
 そして、ウェイターがメニューを持ってきた。





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