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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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アイとセカイをめぐる冒険〈14〉

第四話 君は強い(1/5)



 1.至って普通の人

 朝、ヤシロが目を開けたときには、アリシアはもう起きていた。起きて、体を横向きに寝かせたまま、ずっとヤシロの顔を見ていた。目を開けて暫く経ってから、アリシアは一際大きく瞬きし、どこか緊張した声で囁いた。
「あなた、美形ね」
 起き抜けのヤシロは平然と、
「知ってる」
 その反応に対して、アリシアがさも驚いたとばかりに目を見開くのでヤシロは付け加えた。
「君はピーマンを見ていちいち『緑色ね』って言うのか? 言わないだろ?」
 それから体の向きを変え、アリシアと全く目を合わせぬまま真顔で彼女の頬に触れた。
「どうしたの」
「職業病でね。目の前に興味深いものがあると触って確かめたがるんだ」
「何のお仕事?」
「紋様技師」
「聞いたことがあるわ。よく知らないけど。旧世界の文明を復元して夢のエネルギー改革を推し進める仕事?」
「好きに想像してくれ」
 アリシアの顔から指を離し、今度は仰向けになった。安ホテルの天井のシミが血しぶきを連想させた。
「……僕がやっていたのはそういうのじゃないよ。解析の仕事でね。紋様から読み解く旧世界の精神分析だとでも思ってくれればいい」
「想像したより文系に近いのね」
「完全に理系の仕事も完全に文系の仕事もないさ」
「どうして紋様技師になったの」
「子供の頃、博物館で面白い紋様を見た」ヤシロは、こういう場合に最も受けの言い返答をした。「『下着を盗んで逃走する男』の紋様だ」
 くすくす笑うアリシアの隣で体を起こした。布団がめくれ上がる。アリシアはまだ下着姿だった。
「いくら払えばいい?」床に脱ぎ捨てられたシャツに袖を通しながら訊くと、笑い声がやんだ。「この辺りの相場がわからなくてね」
「私は娼婦じゃない」
 アリシアもまた起きあがり、ベッドに座って髪をかき上げた。そして重ねて抗議した。
「娼婦じゃない」
「……ごめん。てっきりそうかと」
 椅子の背にかけたブラウスを取り、腕を通し、淡々とボタンを留めていくアリシアは、靴を履くためにヤシロに背を向けた。
「じゃあ、君は誰?」
「誰ってどういうこと?」
「名前とか、職業とか」
「アリシア・リー」
 その素っ気ない返答に、ヤシロの心臓が一つ、強く鳴った。
「児童作家よ。といってもすごくローカルな世界でだけど。宗教団体の広報で連載を持ってるの。あと、絵本に文をつけたりとか」
 早まる鼓動を聞かれぬかとヤシロは恐れた。静かな口調を保つ。
「宗教団体ってどういう?」
「カルト」
 面白いわけでもあるまいに、アリシアは高い声で笑った。そして、着替えただけで一日のエネルギーを使い果たしたとばかりに、だるそうにベッドに仰向けになった。スカートにブラウス、足には靴を履いたまま。
「〈ガイアのみ言葉普及協会〉。笑っちゃうでしょ。月に一回、信じてもないことを原稿用紙に何枚かちょろっと書くだけで有り難がられて暮らしていける。気楽なもんよぉ」
 ヤシロはほとんど聞いていなかった。
「歳、いくつ?」
「二十九」
 これには重ねて驚いた。二十五より上には見えなかったからだ。特殊な感覚や才能を持つ人の中には、異様に老化が遅い者がいる。ヤシロは間違いなくその一人だったが、目の前のアリシアもどうやらそうらしい。
 とにかく気を落ち着けるべく、アリシアから目をそらした。窓辺により、黄ばんだカーテンを開けた。光とともに野外の光景が目に飛び込んできた。土と漆喰でできた集合住宅。その共用階段や、廊下、棟と棟の間に洗濯紐が渡されて、薄汚れた衣服や下着がぶら下げられていた。
 アリシアが隣に来て言った。
「あなたも下着を見て欲しいと思うの?」
「まさか」
 隣を見ず答える。
「その質問は言い換えれば『お菓子の空き袋を見て欲しいと思うか』というくらいの愚問であって、下着にしろお菓子の袋にしろ、一番の問題は『中身が入っているかどうか』だろう。まあ世の中にはお菓子の空き袋に類するものを集めて悦に入る変人もいるようだけど」
 と、アリシアを見た。予期せず目があった。ヤシロはアリシアの目へとまっすぐに、怜悧な眼差しを注いだ。
「僕は至って普通の人だからな」
 アリシア・リーは馬鹿なので、その瞬間恋に落ちた。

1.5 とう

むかぁしむかし、ガイアはたかいおそらから、
4つのほしをみおろされました。

チグリスをはじめとする 4つの星のにんげんたちは、
せかいでいちばんたかいとうをつくる きょうそうをしていました。

「そらまでとどく とうをつくろう。
がいあにとどく たかいとうを。

せかいでいちばん たかいとうに
せかいでいちばん りっぱないすをおこう。

せかいでいちばん えらいひとをきめて すわらせよう。
そのひとを せかいのおうさまにしよう

これからは、ガイアのおしえではなく、
そのひとのおしえを きくのだ」

ガイアは これを おききになり、いかり、
すべてのとうを こわされました。

そして、にどとおなじことが くりかえされぬよう、
にんげんたちのことばを すっかり ばらばらにしてしまいました。


 恋人たち、恋人たち。
 檻につながれた獣たち。
 足環でつながれた鳥たち。
 砂漠と草地の花。
 草の海の遙か果てまでを見渡す観覧車。
 鉄の門。
『メディアパーク』
 放送局。
 電波塔。
「メディアパークでデートしたカップルは別れるっていうジンクスがあるんだって」
 何故あんなくだらない冗談を言ってしまったのだろう。ナヤーがジュリの手のカップからポップコーンを一つまみ、口に運び、頬張りながら応じる。
「ここでデートするカップルの母数が多いだけの話だよ」
 わかっていたのかもしれない。
 この人とはまくいかないと。
 頭を撫でてくれた手の重みを覚えている。その手はもうない。
 ジュリの目は漂う。恋人たち。恋人たち。
 ジュリの指はさまよう。一人。一人。
 伸ばした指がメディアパークの鉄柵に触れる。血の飛び散った痕跡を探す。今はきれいに洗い流されて、目には見えなくとも、いずれは血しぶきの形に錆びていくことを考える。
 門衛がジュリを見ている。狭い詰め所にいる男は昨日と同じ男。憐れむような目を向けている。
 ジュリは柵から手を離す。
 恋人たち、恋人たち――。





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