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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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アイとセカイをめぐる冒険〈12〉

第三話 輝ける闇(4/5)



 4.スケープゴート

「返せ」カイは呻くように要求した。「俺の記憶」
 一歩、部屋に足を踏み込む。
 腰に隠していた拳銃を抜き取り、ケネスは右手を体の前に回した。この時点で彼に撃つ気はなく、警告にとどめるつもりだった。
 だがヤシロの左手が力強くケネスの右手首を掴んだ。銃口は上がらなかった。ヤシロが前に出て、手を離す。しかし彼はしっかりと、紋様銃ロ號参式を右手に握っていた。
「そんなもの、僕は持ってない」メイリンを背後にかばい、立ち止まる。「というより、あなたは自分が何を忘れたのかさえ忘れているでしょう」
「俺が失ったのは俺の作品だ」
 もう一歩、部屋に入り込んでくる。
「出版社に持ち込むはずだった。なのに続きが思い出せない」
 黒い目は油膜のようにぎらぎらと光を照り返している。
「自分が書いたものだというのに何の愛着もわかない」
 さらに一歩ぶん、その目の光がヤシロに近付いた。
「読んでも面白くない。自分が書いたものなのに」
「ではその面白くないというのが、読者から下される正しい評価ではないですか? 持ち込みはおやめになったほうがよろしいのでは」
「読者」突如として音量が跳ね上がる。「読者!」
 カイはほとんど怒りに近い苛立ちと嫌悪を込めて、繰り返し叫んだ。
「読者! 読者!」
 ヤシロが紋様銃の銃口をまっすぐ向けると、カイは叫ぶのをやめた。
「出ていってください」
「殺すぞ」
「娘を失ったあなたなど脅威ではない」
 今度はヤシロのほうから歩み寄る番だった。一歩ごとに、カイは後ずさり、応接室まで押し出される形となった。ヤシロは目を合わさず、相手の唇を見ていた。口の周りには無精髭が生えており、汚らしい。その点が、あの夜出会ったときとは違っていた。その上髪が乱れてあちこちにはねており、つい先ほど起きたばかりのよう。服は皺だらけだ。
 ほんの一週間でひどく精神が荒廃したらしく、その有様がそのまま身だしなみに反映されているのだろう。
 ヤシロもまた、片時も油断せず、応接室まで出た。薄い白いカーテン越しの光が視界を明るくした。
 見つめる唇が動いた。
「教えろ」
 ヤシロはあの夜から装着されたままの、〈戦い〉のルーレットの安全装置を外した。
「何を」
「たくさんの美しい娘たち……」
 カイの右手が、着ている白いシャツの胸をつまむ。
「あの夜お前が出会った娘の名前は何だった?」
 その親指、中指、人差し指がシャツをいじり続け、力を込め、ぎゅっと皺を寄せた。
 かろうじて聞き取れる程度に呟く。

「奴らを殺せ、探索者、聖域を踏み荒らす者。泥にまみれた侵略者」

 その間も、小指と薬指がめいっぱいに伸びて肩口を探っている。

「あれは目があるのに見ない者の闇の国。耳があるのに聞かない者の轟音の国。光の国の門を閉ざせ。我らの静かな国の門を。奴らに我らの安住の地をくれてやるな。殺せ、殺せ、殺せ」

 紋様兵器だ。
 目を凝らし、ヤシロはようやく気がついた。
 白いシャツには一面に、白い糸で刺繍が施されていた。
 白く『城壁』の紋様が浮いた
 続けて『広場』。
 手がが胸から腹に動いていく。
 だが、ヤシロが引き金を引くより早く、またカイの手によって次の紋様が浮くより早く、その二つとは全く関わりのない紋様が飛んできて、重なった。
『青狼星』
 それは『城壁』と『広場』に対する関連付けが行われず、よってそれらの紋様は新たな何かに創作されることもなく、ぐちゃぐちゃの無力で汚い線になり、消えた。
 片開きの戸の横にメイリンが立ち、カイを後ろから無表情でじっと見ていた。
「カイ!」
 ヤシロが呼ぶ。
 呼んで気を引き、階段へ通じる両開きの扉まで後退した。
「お前の相手は僕だ」
 カイは前後に立つヤシロとメイリンを素早く見比べ、舌打ちし、猛然とヤシロのほうへ走ってきた。ヤシロは身を翻して階段を駆け降りた。
 踊り場を曲がり、四階に着いたときには肩をつかまれる直前だった。伸ばされた手からひらりと身をかわす。
「素敵なシャツですね」
 銃口で乱暴に手を払いのけた。
「娘さんに縫ってもらったんですか?」

「奴らは城壁の向こうの丘に絞首台を立てた」カイの左手がなお刺繍を這う。「我らの幼き聖女ミアを吊すために」

「また幼女の話だよ。ホントにロリコンだなあ」
 手を伸ばせば触れる位置で、紋様の白い色彩がヤシロの目を裂いた。

「その絞首台の真上には、青狼星が煌々と輝いているのです」

 メイリンだ。
 距離をとって初めて、現れ出たそれが『絞首台』の紋様だとわかった。藍色の青狼星が重なると、メイリンは、今度はそれに意味付けを行った。

「その絞首台がはじめに吊すことになるのは、自らを率いる指揮官たちであることを、野蛮な男たちはまだ知りません……」

 望む意味から変質しつつあるその紋様に、カイは自ら別の紋様を重ね、破壊した。
 三階へ。
「ミアじゃないのか! 私が自分の娘にしていたのはミアじゃなかったのか!」
 どこまでもは逃げられない。
 白昼堂々と市街地でやり合うわけにはいかない。
 三階の廊下を突き当たりのトイレまで走り、ヤシロは自ら退路を断った。
 ここで決着をつけてやる。
「ミアちゃんではありませんでしたよ」
 その声に誘導され、カイが階段の昇降口から姿を現した。
 熱気の中を泳ぐように、明かりのない薄暗い廊下を、大股で突き進んでくる。両手はシャツを撫でている。
 人を撃ちたくはない。
 少なくとも殺したくはない――。
 だが、カイのシャツから紋様が浮き出たとき、反射的にヤシロは〈戦い〉のルーレットを回し、撃った。
 ルーレットの中でも比較的殺傷能力の低い『夜警(ものみ)』が、『常夜灯』を砕いた。カイの感情がもろとも散る。

〈出た出た、他人を自分のレベルに合わせなきゃ気が済まない奴!〉
〈『ヒグレさんの小説も悪いわけじゃないんだけどぉ、こういう難しい言葉って読んでる人は引いちゃうからぁ、もっと簡単な言葉で書いたほうがいいと思うんだけどぉ』〉
〈お前に教養がないだけだろ!〉

 ヤシロは半ば感心した。
「なるほど。同好の士との間の人間関係も大変そうだ」
 そう言っている間にも、カイからの攻撃は続いた。鼻先まで紋様の赤い色彩が迫り、ヤシロは慌てて引き金を引いた。

〈出たよ、今度はご指摘内容自体は正しくて有難いんだけど一言多くてウザったくなっちゃう残念系!〉
〈『ココはこう表現したほうがいいと思うんですよね、まああなたの実力でできるならの話ですが。あ、あとこのセリフのこの部分。「止めれなかった」じゃなくて「止められなかった」だから』〉
〈セリフなんだから別にいいだろ! お前は普段そんなに正しい言葉遣いで喋ってんのか!?〉

 その紋様は蔦だった。ヤシロの首めがけて伸びてくる。

〈主催者にベタベタ媚びる奴、下ネタでしか笑いをとれない奴〉
〈気にくわない奴を手前勝手な正義感で追い出そうとする奴、他人の書いたものに的外れな『指導』をしたがる奴――〉


「そんなに読者が嫌いなの? それとも他の創作者が嫌いなの?」
 違うな、と、蔦の紋様が砕けるのを見ながらヤシロは感じ取った。
 カイの記憶にある声は、全て女性の声だった。
「記憶があるかわからないけど、アリシアとかいう人のことをひどく心の中で攻撃していますね。女性創作者が嫌いなのですか? それとも女性が?」
 紋様もその輝く色彩も消えた静寂の廊下で、ヤシロはまっすぐ銃口を上げたまま、二、三歩前に出た。
「……そうか。あなたは大人の女性に相手にされないから、ロリコンなんですね」
 体を強ばらせるのが、離れていてもわかった。何か言おうとし、カイは口の端から微かな声だけを漏らす。
「たまにいますね。女性の小説家や映画監督なんかを執拗に叩く人。女は男より、というより自分より下でなければ気が済まないと思ってる。女性の創作家と見ればハナクソをこすりつけてでも優位に立たなければ気が済まない、くだらないオス――」
「ふざけた口を利くな!」
 カイの右手が左肩から右脇腹までのすべての紋様を撫で、そのすべてを実体化した。
「何がくだらないオスだ、お前も男でありながら何を――」
「同じ男性として一緒にしないでいただきたいですね」
 と言ったのは、カイの後ろにメイリンが立っているのが見えたからだ。激昂するカイはメイリンに気付いていない。メイリンは、身を守るために銅のオブジェを右手に持っていた。聖人の像らしく、振り回すのにちょうど良さそうだ。左手は青狼星のペンダントに触れている。
 同時に現れた紋様、『盃』『天使』『女聖職者』『天秤』、その他いくつもの紋様に『青狼星』が張り付き、意味を失わせた。残りの紋様、『新月』『ランプ』『閂』を、ヤシロの紋様銃が打ち砕く。

〈『はあ……これ私ね、せめて半分までは読もうと思ったんだけど最初の数枚でぐったりっていうか』〉
〈出たよ! 道徳オバサン!〉
〈『どうか気を悪くしないで聞いてね。あのね、小説って言うのは人の心を養うものだと思うのよ。特に若い人の。ただ面白ければいいってものじゃないし、まあ私はこれを面白いとは思わないんだけど、それにしても小説って言うのは作者の心の中が本当に明らかにされるもので……』〉


 ヤシロは淡々と、紋様からあふれる記憶と想い、しかも明らかに負の記憶と想いを自らの心に流れ込むままにした。

〈一面的な価値観を押し付けるんじゃねえぞババア! お前なんか俺の小説みたいに×××して×××した後×××して――〉

「すごい。僕までいらいらしてきた」
 カイを挟み込んで立つメイリンが尋ねた。
「作者に? 読者に?」
「ていうか、このおじさんに」
「あんたも同年代なんじゃないの」
 怒りを込めてメイリンを振り向くカイのために、ヤシロは〈フィクション〉のルーレットの安全装置を解除した。
「注意力散漫ですね!」
 指で紋様を指定する。
 撃った。
 怯えて壁に身を寄せたカイは、その紋様を見た。
『アザゼルの山羊』

「『全ての民の全ての咎め、全ての背きを山羊に告白し、負わせ、荒野でアザゼルに引き渡せ』――」

 ヤシロの左手が、もう一つの紋様銃イ號七式を抜き放つ。
 ロ號参式を収め、右手でルーレットを回した。
『鎖』
 今は鎖に巻かれた『狂戦士』の姿が彫り込まれている。
「カイさん。あなたの娘はリセちゃんでした。どうぞ」
 荒野の土を連想させる黄土色の紋様、『アザゼルの山羊』にむけて、ヤシロはそれを撃った。
「返してあげましょう」
 鎖から解き放たれた『狂戦士』が『アザゼルの山羊』に重なると、カイの反応は激烈だった。
 絶叫が放たれた。長く。
 ヤシロが奥歯を噛み、眉を寄せたのは、大声が苦手なためだけではない。確実に外に聞こえているからだ。
「返せ! リセを連れていくな! 返せ!!」
『狂戦士』の紋様は、山羊頭の悪魔が大きく口を開くと、吸い込まれるように、その中に小さくなっていく。
 カイは必死にシャツを探り、ついぞボタンを外す手ももどかしく、それを脱ぎ捨てた。背中から襟首から、せわしなく手を探らせる。
 さて、悪魔から生け贄の娘を取り戻すにはどうすればいいか。
 一つ。より高位の悪魔の名のもとに返させる。
 刺繍糸と同じ白い紋様が浮き上がり、重なった。
『堕天使の長』
 すると『狂戦士』の紋様の縮小が止まり、またカイの絶叫も止まった。
 ヤシロは〈戦い〉のルーレットを回し、撃つ。
『影武者』
 再び縮小が始まった。じりじりと急かすように、少しずつ、だが確かに小さくなっていくリセの本性、『狂戦士』。
 カイは考えていた。
 二つ。大量の水で吐き出させる。
 皮肉なもので、それはヤシロがカイの記憶を奪う決め手となった紋様だった。
『大河』
「この創作紋様はもらうよ!」
 その言葉でヤシロはカイの戦意を打ち砕いた。
「最終生成!」
 ルーレット。
 すぐに止まった。
 回す前と同じ紋様。
『鎖』
 撃つ。
 鎖は悪魔の口の中の『狂戦士』に巻き付いて、誰かがその端を掴み、喉の奥へと引いていく。
 その創作紋様。
 名付けで意味を固定する。
「『コキュートス』!」
 カイは叫ばなかった。
 ただ目を見開き、口も大きく開いていた。
 恐ろしいものを見、それゆえに、声も出せぬと言うように。
 彼の代わりに、彼の手による『大河』と『堕天使の長』が叫び訴え続けていた。

〈どうして俺が書きたくないものを読みたがるんだ! どうしてそれを書かないことで俺を責めるんだ!〉
〈愛と絆が素晴らしい? 助け合いが素晴らしい?〉
〈道徳が美しい? 意味や教訓がはっきりわかるもののほうが美しい?〉
〈若い男女の恋物語のほうが読まれるだと? 少年の冒険と成長の物語のほうが読みたいだと?〉
〈そんなものより――〉


 最後に、『堕天使の長』が振り向いて、はっきりとヤシロを見て言った。

〈――暴力のほうが面白いだろおぉっ!?〉

 長い哄笑――カイの声の哄笑――。だがカイ本人は廊下にがっくり両膝をついていた。両目は闇に閉ざされていた。地の底の大河が横たわる、闇の世界、暴力の世界を見つめていた。創作紋様が消え果てても、彼はそれをやめなかった。
「ヤシロさん!」
 階段の昇降口の壁から身を乗り出して、ケネスが呼ぶ。ヤシロはそれ以上言わせず駆け寄った。騒ぎすぎたのだ。
 メイリンは、いつの間にか車内で待機していた。ケネスが路地を縫い走り抜けると、表通りを軍警車両のサイレンが過ぎていった。
「ヤシロさん、さっきの人は」
「安心して。もう会うことはないよ」
 助手席で言い放つヤシロに、ケネスは乱暴な運転を続けながら
「殺したんですか!」
「殺してない殺してない」
 ケネスの胸で何かが蠢いた。
 同じような会話をした。ヤシロの家に着いた日にメイリンを見て。違う。このシチュエーションはツジムラと会話をしたときだ。猫が飛び出して、それをツジムラが「殺したのか」と。
 なぜそんなことを思い出すのかケネスはわからなかった。
 だが気になっていた。
 出版局から二十ブロックも離れ去るまで、ずっと気にし続けた。





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