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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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アイとセカイをめぐる冒険〈11〉

第三話 輝ける闇(3/5)



 3. 銃と十字架

〈Q2.人間を表す単一紋様が存在しない一方で、『フクロウ』『猟犬』といった動物を表す単一紋様は存在する。旧世界における人類の生命倫理は成熟したものといえるのか。あらゆる記号がその実物の代替品たり得るとするテ・ジュンの『共存論』を引用し、ガイア追放にあたりすべての生き物を人間につき従わせたとするガイア教要理の観点から述べよ〉

〈Q3.同様の問題について、人間にはあらゆる生き物の生命及び惑星環境の管理が委ねられているとするウェルツの『支配論』を引用し、すべての生き物の霊はロゴスによって創られたとするロゴス教要理の観点から述べよ〉

『邂国に! カルトは! いらない!』
 街宣車は〈ガイアのみ言葉普及協会〉の焼け残った出版局の前まで来ると、わざと速度を落として音量を上げた。駐車場を見て、中に人がいることがわかったのだろう。
『貧困層を搾取するカルト教団は! 出ていけ!』
 アリシアは他の二人の協会員とともに、無感情で書類をまとめていた。
『児童虐待を推奨するカルト教団は! 出ていけ!』
 立ち会う軍備警察の警官の顔にも表情はなく、制帽のひさしの下で、汗と両目が光っている。閉め切られた部屋は暑い。それでも声は厚い窓を通して入り込んでくる。
『若者たちを家族のもとから奪い去るカルト教団は!』アリシアは重要な書類だけをまとめた旅行鞄のジッパーを閉めると、額の汗を拭い、盛大にため息をついた。『出ていけ!』
『国民のみなさん、邂国に浸透しつつある〈ガイアのみ言葉普及協会〉は自らを無害な信仰者であると自称しておりますが、それは本当でしょうか』
 甲高い女の声が演説調に変わる。
『〈ガイアのみ言葉普及協会〉は、信仰の自由を盾に、子供たちに学校教育を与える機会を奪い、さらに成人の信者からも、教団に多額の献金をするよう強要します。その結果、抑鬱状態に陥り、自ら命を絶った信者も存在しています。また、家族によって入信を反対された若者に対しては出家を要求することで大きな問題になっております。それだけではありません』
 街宣車を回しているのはガイア教原理主義色の強い右派の愛国団体で、過激なスピーチや差別行為によって、各方面で軋轢を起こしている。狂信的な連中だ。
 アリシアは自嘲した。
 狂信。
 未だ信仰を得ることのない自分と彼らとでは、どちらが悲しい存在だろう。
 気付けば他の二人の協会員も手を止めていた。荷造りを終えたのだ。一番年長の女性協会員が、何かを諦めたように微笑んだ。
「終わりましたね」
『皆さんは、邂国に潜伏していた西大陸は『血刃党』の戦争犯罪者が一斉検挙された二年前の事件に、〈ガイアのみ言葉普及協会〉が深く関与していたことをご存じでしょうか。法の裁きを逃れて我が国に逃げ込んだ戦犯たちは、西側に買収された元・図朴商会、現・マリー・アルーエ貿易社を隠れ蓑にし、平和創出協定に加わっていない北方及び南方諸島に今も逃亡を続けています。マリー・アルーエ貿易社首脳経営陣と〈ガイアのみ言葉普及協会〉の間には深い関係があり、〈ガイアのみ言葉普及協会〉がその宗教的な施設を戦犯に隠れ家として提供していた証拠がいくつも見つかっています……』
 スピーチは延々続く。が、警官が口を開くので、アリシアは聞くのをやめた。
「では、もう帰られますか?」
「ええ」
 焼け落ちた隣の礼拝所の保存のために、また自分たちを守るために来てくれたのだ。軍警の車が隣になかったら、自分たちの車は襲撃されていただろう。あるいはこの建物にまで乗り込まれていたか。アリシアはぞっとした。出版局に派遣された協会員三人は、女性ばかりではないか。
 街宣車は遠ざかっていきつつある。
「今の集会所まで車でついていきましょうかね」
 警官が事務的に尋ねる。年長の協会員が答えた。
「そうねえ、襲撃されても嫌だし……まさかとは思うけど……」
 アリシアは一人呟いた。
「私、銃でも買おうかしら」
 ぎょっとして他の二人が視線を寄越す。答えたのは警官だった。
「自分としてはお勧めはできませんね。銃の普及は犯罪率の向上につながりますし、あなたにその気がなくても、誰にどういう使われ方をされるかわからない」
 四人は暗い廊下に出た。
「それに、銃の所持は悪意の人間にとって過剰防衛の言い訳になります。銃以外のもので身を守るほうがよろしいでしょう。催涙スプレーとか」
「ええ」
「あ、そうだ。一つお尋ねしたいのですが」
 階段に差し掛かる。三階と二階の間で警官は振り向いた。
「この建物の最上階……五階になるんですか。どういう用途で使われていたかご存じないですかね」
「最上階は使われていなかったはずですが」
 一人の協会員が言い、もう一人がそれに応じる。
「大事な子お客様が泊まり込むのに使ってるって話は聞いたことあるわよ。私は上がったことないけど」
 話はそれ以上は続かなかった。
 外の日差しに肌と目を晒し、駐車場の車に乗り込んだとき、アリシアは機関誌に載せる書きかけの原稿を室内に忘れてきたことに気が付いた。
 まあ、いい。あとで取りに戻ろう。
 アリシアたちを乗せた車と軍警の車両が去るのを、助手席のヤシロは路肩に寄せた車から見届けた。運転席のケネスに目配せする。ケネスは頷き、黙って出ていった。〈ガイアのみ言葉普及協会〉出版局の建物は、焼け落ちた礼拝所と接する面の外壁が黒く煤けており、窓が割れている。その窓の向こうにケネスが姿を消した。後部座席のメイリンと共に、ヤシロはじっと待った。
 やがて、中が無人であることを確かめたケネスが正面の扉を内側から開けた。待機していた二人は、車を出ると、小走りで扉の中に滑り込んだ。
 中は電気が切られており、非常灯すらついていない。暗く熱気がこもっている。
「問題のモノが見つかったのは、火事があったところなんですよね」
「そうさ。でもだからって探索装備も持ってないのに火災現場に入るのは危険すぎる。犯人が〈み言葉協会〉の関係者ならここに出入りしてたかも」
「だとしても証拠を残しますかね」
「案外火事で死んでるかもしれない。一番火元にいたはずだからね」
 一階はエントランスとホールで、他は応接用の小部屋が数室あるだけった。
 二階と三階は事務所。
 三階の一室は鍵が閉め忘れられていた。ヤシロが率先して中に入った。
 そこは、十二都市じゅうに配られる協会内の機関誌の編集室らしい。『あかり』と題された薄い冊子のバックナンバーが壁一面を埋めており、机にはタイプライターや演算機が並び、カメラが転がされたままだった。
 カメラの横に、書きかけの手書き原稿があった。メイリンがそれに歩み寄り、顔を近付けて読む。
「『はこぶね』。なになに……ああ、ガイアの方舟の話か。『むかぁしむかし、ガイアは』……うんうん……『にんげんたちのほかに ガイアのすべてのいきものを ひとつがいずつ はこぶねにのせました』……うんうん……」
 砂に埋もれたガイアの方舟を避け、取り囲む形で、新アジアの十二の都市国家は誕生したと言われる。この定住に適していない土地で、古代の遺物を守護し続ける都市国家群。低い自給自足率にも関わらず、しかも大規模かつ長期に及ぶ灌漑によって土地の塩化が深刻にも関わらず、この地に縛り付けられ続けている。
 それでも、〈災厄〉から千年経った今も、方舟及び宇宙空間に浮かぶ方舟からチグリスに降下する際用いられたシャトルの類は残骸さえ発見されていないのが現状だ。
 ヤシロが口を挟む。
「一つがいずつでは種内の多様性が保たれない」
「お前ちょっと黙れ」
 いいなあ。
 ケネスは心の底から羨んだ。
 いいなあ、この子はオレが思っても言えないことを思うままに言えて。
「あ。これ、あとにちゃんと解説がついてる」
 ヤシロも興味を惹かれて最新号と思われる新しい冊子を手にした。メイリンが読んでいるコーナーはすぐに見つけられた。『親子で読むみ言葉』という見開きの2ページで、噛み砕いて書かれた教典の物語と、その解説とが載っていた。
 その号のテーマは『そらのおうじさま』。
 執筆者の名を見やり、それが『アリシア・リー』となっているのに気がついて、ヤシロは息をのんだ。
〈アリシア・リー!〉
 打ち砕かれる紋様の輝き。
 その紋様に託されていたカイの感情が、再びヤシロの心を撫でた。
〈誰でも書ける、子供みたいな、小説とも文藝とも言えないような、バカみたいな文章〉
〈なにが「ついほうのはじまりです」だ。なにが「せんそうのはじまりです」だ。なにが「むかぁしむかし」だ〉

 バックナンバーを手に取り、同じコーナーを探した。
 その号のテーマは『せんそう』。
 もう一つ前の号へ。
 そちらは『ついほう』だった。
『むかぁしむかし、ガイアはヒトをうみだして、そのおおきなからだにすまわせました』……。
 ヤシロはその場でじっと固まった。
「ヤシロさん、何か面白いことでも書いてありましたか?」
 ケネスの声。
 ヤシロは眉間をつまんで揉み、そのまま指を額に押し当てた。
「……前から気付いてた。何となく引っかかってた」
「何がですか?」
「あの『文書』。解読するに、主要な作成者はガイア教徒だと思う。少なくとも紋様を分解する際の反応からはそう思われる。君も知覚研の地下で見たよね。
 でも使われてる紋様そのものは、ロゴス教の文化圏のものが多いんだ。方舟とか鳩とか……」
 指を額から紙面に移した。
「この教団と一緒なんだ。気付いたかい、ケネス君。この冊子のイラストに描かれているのは正にその方舟とか鳩とかだ。ロゴス教のモチーフだ」
「でも、カルト扱いされてるとはいえここはガイア教の教派なんですよね」
「もともとはロゴス教の異端教派だ」
 冊子のページをめくりながらヤシロは教えた。
「ロゴス教の正当教派に迫害されるから、ロゴス教そのものに免疫のない文化圏で勢力拡大をはかる。ごく当たり前のことだ。名称にガイアという言葉が入っているのだって、ここがガイア教圏だからにすぎない。もともとはね、〈み言葉普及協会〉は、ロゴス教とガイア教の融合を目指してできた新興宗教団体なんだ。だから、この教団にとってガイアとロゴスは同一のもの。僕が聞いた話が正しければね」
 冊子から目を上げると、ケネスとメイリンは机を挟んだ位置でじっと立ち、話を聞いていた。
「ガイア教とロゴス教がもとは同じ宗教だったんじゃないかっていう指摘自体は目新しいものでもないし、まあ、生まれるべくして生まれた宗教ってところじゃないかな」
 壁に掛けられた、小さな絵に目がいった。光射す丘に十字架が立てられている宗教画だ。十字架というのは、人類がガイアを追放される以前、どことも知れぬ場所、いつとも知れぬ時代に使われていた処刑道具だ。メイリンの声が耳に流れ込む。
「変な団体に目もつけられるわけだよ。二つの宗教の融合ね。ほんの四十年くらい前までは、国内でロゴス教信仰が自由化されただけで抗議の焼身自殺だのデモだの起きてたくらいでしょ」
 ヤシロは宗教画を凝視し続ける。ケネスがメイリンに答えた。
「まぁな、でもそんなのは一部の過激な連中だけだ。大抵の人は気にもしなかったってお袋は言ってたね」
 十字架。
 それはロゴス教国内の児童教育に用いられる絵本、『そらのおうじさま』シリーズの主要な題材だ。
 旧世界の人類は、その世界の構成要素を言葉・輪郭・色彩に大別した。そして紋様化できない言葉こそ、命と精神の根元であると定め崇めるのがロゴス教だ。
『そらのおうじさま』シリーズでは、〈災厄〉により荒廃した世界を天から見下ろした大いなるロゴスが自ら人の世に下り、奇跡を起こしたり、道徳を説いたりする。そして、最後にはその存在を危険視する為政者によって十字架につけられ、死後復活する。
 この一連の物語はロゴス教の教典に含まれていない。作者こそ不明ながら、制作年代と地域も特定されている。
「ガイア教がロゴス教を嫌うのは」
 他の手がかりを求め、ヤシロの視線が部屋をさまよう。
「ロゴス教徒が何せ言葉を信奉するからさ。ロゴス教が目指すのは、世界の言語の統一だ。言語が分かたれている状態は、人類の傲慢に対する大いなるロゴスの罰だそうだから、その解消を目指すのは当たり前のことだと教えられている」
「言語の統一ねぇ。度量衡の統一さえままならないのにね」
 ふと窓を振り向いたヤシロは、窓際の低い棚の上に『そらいろ基金』のパンフレットを見つけた。
 青空と虹のイラストの下で、子供の粘土人形が満面の笑みを浮かべている。文字があった。
『私たちガイアのみ言葉普及協会は、大切な未来を担う子供たちを育成するそらいろ基金に協賛します』
 ヤシロは窓辺に歩み寄り、パンフレットを一部手に取った。

 そらいろ基金。
 それは半年前、こんなふうに、ヤシロの家に来た。
「こんにちは、署名と募金をお願いしたくてお邪魔したのですが」
 緊張に顔をこわばらせた若い女性で、美人だった。
「私『そらいろ基金』ボランティアの一員でして、こちらがですね、えーっと、我が国のシェンリー第九王女を総裁とする『邂国就学困難児支援協会』の活動の一環でして、特定の政党・宗教・思想団体に関与しないナントカカントカ」
 このナントカカントカの部分を要約すると、「僻地に住んでいたり貧しくて学校教育を受けられない子供のための就学支援募金をお願いしたい」ということだった。
 美人のお願いとあっては不可抗力なので、ヤシロは署名のうえ多めに募金した。
「あのぅ、すみません。少々お尋ねしたいことがあるのですが」
 募金の礼の後で、美人は上目遣いにヤシロを窺った。
「何でしょう」
「この近くの集落にですね、親御さんのいらっしゃらないご家庭があって、そこの男の子がこちらのお宅に御用聞きに来ているという話を伺ったんですけども」
「ああ、ノシェ君ですね。はい。週に一度は来てますよ」
「あ、そうですか。あのー大変申し上げにくいのですが、一応はですね、すみませんが、児童を学校に行かせず労働させるのは国の法律で禁止となっておりまして、あのー、そのですね、今度もしその子がいらしてもですね、この点をご留意いただければと思うのですけどもぉ」
 歯切れが悪い割に滔々と述べられるその言葉に、ヤシロも困惑してしまった。
「労働させているというか、あの子も家計のためにしているわけで……」
「それでしたらね、恵まれない子供たちのための公的な制度が既にありまして、問題なのは労働のために学校にも行けないというところでして」
「あの子が学校に通えないのは、学校が物理的に遠すぎるからですよ。バスが平日に出ていないから、土曜日の特別なクラスに通うしかないんです。だからあの子は平日にお姉さんの内職の手伝いをしながらお金を貯めているんです」
「それにしてもですね、周囲の大人が堂堂と子供を働かせているというのはですね、やはり問題と言いますか、それにですね、他の子たちは学校に行っているのにその子は働かなきゃいけないなんて、第一かわいそうですよ」
「あの子は自分のしていることに誇りを持っています。子供にだってプライドがある。それを一方的にかわいそうとか恵まれないとか言うのはちょっと」
 たとえば僻地にも分校を造るとか、学校に行くための交通の便を整えるということに募金が使われるのならヤシロも文句はなかったのだが。
「そうじゃないっていってるんです! 学校に通えない子供に労働をさせるのが悪いことだっていってるんです! 何がプライドですか! 子供のプライドが何ですか! そうやって物わかりのいいふりをしながら子供を安くこき使っているんでしょう! 優しそうな人だと思ったのにあなたは悪い大人ですね! キエエエエエッ!」

 そういうわけで、ヤシロは『そらいろ』とか『基金』とかいう言葉に対してまで苦手意識を持ってしまった。
 パンフレットは他にもあった。
『銃犯罪被害者遺族支援募金の知らせ』『平和に武器は必要ですか?~邂国小火器所持法改正に向けた署名のお願い~』『ひとりじゃないよ! 差別・貧困・病気・人間関係等でお悩みの方、お電話ください』『私たちは初等教育クラスを無料で開いています』
 当たり前だがどれも世間的に耳あたりの良いものばかりだ。
 三人はヤシロを先頭に、部屋を出て四階へと上がった。
 まず目を引いたのは、開け放たれた礼拝室ではなく、五階へと続く階段の上り口だった。階段を封鎖するのに使われていたのであろうキャビネットや鉄の傘立て、錆付いたパイプ椅子、ゴミ袋などが、廊下にどかされている。今は手書きで『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた札が立ち、見上げると、照明の傘の下には電灯がかかっていなかった。
 ヤシロは四階を素通りすることに決めた。
 階段を上ったところにいきなり重たげな両開き扉があり、日光を遮っていた。扉は実際重かった。そこは明らかに重要な客を迎えるための応接室だった。数々の調度品並ぶ部屋の奥の壁に、今度は片開きの扉があった。
 開けてみると、そこは一見、その重客を泊めるための部屋に見えた。だが応接に比べて家具が安っぽすぎる。しかも、奥のシャワールームに圧迫されて狭く、居心地悪そうで、採光はというと、天井近くに横長のはめ殺しの窓が一枚あるだけだった。
 ベッドは乱れ、誰かが生活していた形跡があった。
「ここ、何かありそうじゃないですか?」
「怪しいね」
 とりあえず、宮付きのベッドに歩み寄った。
「ところでケネス君」
「はい」
「君も男ならわかると思うけど、お母さんに見られたくないものってどこに隠す?」
「ベッドの下ですか」
「枕の下かもね」
「まさか、思春期じゃあるまいし」
「思春期が住んでたかもしれないよ」
 真顔で冗談を言いながら枕をどかしたヤシロだが、自分の言ったとおりだったので驚いてしまった。
 枕の下に直接隠してあったわけではないが、マットレスとカバーの間に、てのひらサイズの小冊子一冊分の膨らみがあった。カバーを端からめくりあげ、手を突っ込んで取り出す。
 定期入れだった。
 開くと、中に中等学校の学生証があった。
 髪の短い少女が仏頂面で映っている。
 名は、
「ユイ・ツジムラ」
 ヤシロは学生証を細い窓からの光にかざした。三人の大人が、黙って写真の中の少女を覗き込んだ。
 ツジムラ。
「まさかね」
 念のためケネスに聞いてみた。
「心当たりある?」
「いえ……ですが」
「ですが?」
「なんとなくですがあのツジムラさんの面影があります。こう、輪郭とか目つきとかムスッとした顔つきとか。あっ」
 ケネスが写真に顔を近付けた。
「ほくろの位置が同じです。ここです、首――」
「誰か来る」
 メイリンが鋭く囁いた。ケネスも体を強ばらせた。ヤシロだけが、微動だにせず学生証に見入っていた。
 足音が微かに階段に響いている。
 それは四階を通り過ぎた。
 五階に上がってくる。
「ねえ」メイリンがヤシロの服の袖を引っ張った。
「隠れるよ。人が来るってば」
 ヤシロは平然と言い放つ。
「それは好都合だ」
 ケネスは思わず、ズボンの中に隠した拳銃に手を当てた。
 階段の足音は、いよいよ踊り場を通過する。
 ヤシロは学生証を裏返した。
 そこには油性ペンで走り書きがされていた。
 たった二文字。
 室外の誰かは、ついぞ階段を上りきった。
『PB』
 その二文字に、ヤシロの心も視線も縫いとめられている。メイリンの緊張した指が、ヤシロの袖に皺を作っていた。
 足音は、手前の応接室を横切ってくる。
 ヤシロは目線を下げた。
 そこには学生証の持ち主の署名があった。
 筆跡を見比べる。
 だが、断定するにはどちらの文字も少なすぎた。
 足音が片開きの戸の前で止まった。
 覗き込まれる気配。
 その人物は一言も声を発さなかった。
 メイリンもケネスも、凍り付いたように沈黙している。
 ヤシロはやっと目を上げて、人物を見た。その人は、応接室に差す光を背に浴び立っていた。目はまっすぐヤシロに注がれていた。
 落ち着いた動作で、学生証をシャツの胸ポケットにしまう。
 その手で紋様銃を抜いた。
 戸口に立つのは『父娘』の『父』、カイだった。





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