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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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アイとセカイをめぐる冒険〈10〉

第三話 輝ける闇(2/5)



 2.高い壁

 ヤシロはフクロウを愛でていた。まさかフクロウがいると思わなかったケネスは、しばし戸口で様子を見守った。仕事部屋の窓際に立つヤシロは、左腕に布をぐるぐると巻きつけ、一羽の小型のフクロウをとまらせていた。上体をぐっと引いてフクロウを観察し、一方フクロウは、黄色い虹彩と黒い瞳孔でヤシロを見返していた。
「フクロウですか」
 おはようございますの挨拶も忘れて声をかけると、ヤシロはケネスを見ずにこう応じた。
「うん、フクロウ」
 右手の人差し指をフクロウの眉間に当て、
「フクロウは、小さいとかわいい……」
 ぐりぐりと押すように撫でながら、
「大きいと恐い……」
「どうしてフクロウがいるのですか」
「フクロウ屋が手紙をくれるんだ」
 部屋に入ってみると、机の上に一枚の紙切れが置かれていた。折り目に沿ってインクが滲んでいた。
『顧客番号117 注文番号A-14 受け取りに来られたし』
「へえ……」
 よく見れば、フクロウの脚には紙を丸めて入れる小さな筒がついていた。
 フクロウ屋って何なんだとかあなたは毎日いったい何をしているんだとかどういう人と付き合いをしているんだとかいう疑問をひとまずよそに置き、のんびりとフクロウに構うヤシロに調子を合わせた。
「フクロウってそんなに賢いんですか」
「どうだろう。鳥には詳しくないけれど、どの年代の紋様でも、フクロウは『知恵』や『賢者』の象徴だからね」
 ケネスがフクロウに顔を近づけると、それが嫌だったのか、ヤシロの腕の上で跳ねて体の向きを変え、窓の外に飛んでいった。
 教化会館での一件以降、ケネスは助手としての務めを淡々とこなしていた。ヤシロが『文書』から得た手がかりを読み解くべく、ガイア教邂国国教会の教化ビデオの制作年代を調べたり、とある稀少な紋様が収録された図集の版数や所持者を調べたり、といったところだ。
「『文書』の件だけど」
 ヤシロは窓を閉めて言った。
「手がかりはある程度集まった。これ以上一つ一つの紋様を特定しても仕方がない気がするんだ」
「どうされるのですか?」
 左腕に巻いた布を外して椅子の背もたれにかけ、その椅子に自らも腰を下ろし、ヤシロは目をじっと戸棚の下段を埋める金庫に注いだ。
「あの『文書』は、ものすごく一生懸命何かを表わそうとしている」
 普段から何をするにも言うにも真顔のヤシロだが、今その目つきはいっそう真剣だ。
「たぶん、僕たちが知らないものだ。現行人類から失われたものについて言い表したがっているのかもしれない」
「なぜそう思われるのですか?」
 ヤシロは机に右肘を置き、眉間に人差し指を当てた。
「とても紋様では表現しきれない複雑なものというのがあって……例えば人間だ、人間を表す単一紋様はない。職業とか、何かしているところとか、物語の登場人物とかなら記号に置き換え可能だけど。実在する誰かを表現するには恐ろしい手間が必要だし、もし仮にそんなことができたとしても、実体化されるのはその人自身ではない。それに命はない。やっぱり複雑なものは……」
 と、黙る。目をぎゅっと閉じた。ヤシロは考えを言い表したり、人に伝えるのが苦手なのだ。
「複雑なもの……複雑さゆえに流れる莫大なエネルギー……」
 ケネスはじっと待った。
 目を開け、ヤシロはまた思わぬ切り口から話を続けた。
「文字。ケネス君。文字って形(りんかく)の組み合わせでできてるよね。面白いね」
「え? はい。面白いですね」
「表意文字ってあるよね」
「はい」
「創作紋様もそうだ。表意文字みたいなものだ。ただ、複雑なものを表そうとするほどその『一文字』が大きくなりすぎて、エネルギー効率がよくない。だけどその『一文字』を、旧世界の人類は持っていた。あの複雑な『文書』でも表現しきれないほどのものを……」
 声が小さくなっていき、ほとんど独り言のようになる。
「エネルギー効率をどうやって……日常的に用いる言語ないし紋様ではなかったか……いいや、それでは民衆の中でイメージ喚起力を持たなくなり、記号としての意味が失われる……特定の国家や民族、集団ではなく、四つの星で用いられていた言葉、当たり前の概念だ。その痕跡を消しされるはずがない……そう、ケネス君」
 君の存在を忘れてはいないとばかりに呼ぶ。
「消し去れるはずがないんだ、あの文書が伝えたい『何か』は。人を覚醒ないし変容させるもの、それは……見つけられるはずなんだ。色と形の相関の奥に見えてくるはず。紋様で表せる可能性が僅かでもあるものなら、概念だけの存在じゃないと思う。極めて抽象的で、極めて具体的な……」
 またぎゅっと目を閉じて十秒。腕を組み、首を仰け反らせて十秒。深いため息をついた。
 ぱちりと目を開けた。
 その目に確信めいたもの、希望めいたものを確かに見て取った。二、三瞬きするうちに、失望へと変わった。
「ああ……駄目だ」
「ヤシロさん」
「何か閃くんだ。眠いときとか眠りかけたときとか、ぼうっとしてるときとか、考え込んでるときとか。だけどどうしても掴めない。理解できずに消えていく」
 自転車の鈴の音が聞こえた。
 メイリンが買い出しから帰ってきた合図だ。鈴を鳴らしながら裏口へ回っていく。ケネスはほっとした。
「ヤシロさん、少し休んでください」
「休むって? 今日はまだ何もしてないよ」
「ずっと考え込んでいるじゃないですか。朝ご飯を食べてきてください。ヤシロさんのぶんだけ残っています。メイリンも帰ってきましたよ」
 自分の命を奪いにきたメイリンを、ヤシロはすすんで匿っていた。「彼女には他に行くあてがないんだ。追い出したりしたら殺されてしまう」そう言って。もちろん、彼女の存在は誰にも黙っておくことを、ケネスは要求されている。
「僕もお出かけしようかな」
 ただ、この不便な土地の広い家に二年もひとりぼっちで暮らしていた彼は、同居人の存在が少なからずストレスになっているらしい。行き先を告げずに姿を消すのは毎日のことだ。もっとも、在職中にもしばしばふらりと姿を消してしまう人だったが。
「ねえケネス君」
「はい」
「自分のものではない美女が同じ家にいるって結構なストレスだね」
 ヤシロがそういうことを気にするとは少々以外だった。
「自分のものだったらいいのですか……」
「そりゃそうさ。偶像としての美女と目の前にいる美女というのは、例えるならレシピの写真と実物の料理くらい違う。しかも大好物の料理だ。自分のものであればいくらでも食べていい。でも自分のものじゃない。それが四六時中家の中にあるんだ。これがストレスじゃないわけないだろう。君はどう思う?」
「くだんねぇことで意見求めてんじゃねえよ」ケネスは心の底から思ったが飲み込んだ。
「そうですか。少し意外ですね。ヤシロさんがそういうことを気にするというイメージはあまりなかったので」
「知能指数の高さと性欲の強さにはある程度の相関性が認められるらしい」
 ごくごく真顔で言い放ち、ヤシロは隣に立つケネスの顔をちらりと見た。
「そんなことよりケネス君、僕が気にしているのはね」
「はい」
「どうして彼女があのタイミングで送り込まれたのかということなんだ」
「どういうことですか?」
「君に話したっけ、あのカイとかいう人は、僕に向かって『その才能が危険だ』って言ったんだ。僕の紋様銃のことを、『そんなものを作る能力』がどうのこうのって。つまり彼は僕がこういうものを作れる人間だって知ってたんだね。
 ところで僕が紋様銃を人前に持ち出したのは、先々週、知覚研に呼び出されて行ったときが初めてだ。地下エントランスでの出来事はすべて映像に収められているはずだよね。で、一週間後にはメイリンが送り込まれてきた。更にカイとかいう人のあの発言」
「知覚研を疑っておられるのですか?」
「僕は可能性の話しかしていないよ」
「そういう言い方はやめてください」ケネスは眉を寄せ、はっきり不快感を表した。「ヤシロさんは我々を疑っている。そうですね?」
 ヤシロは黙った。
 目の光を和らげる。
「……愚直だね、君は」これが、待った末の返事だった。「二年前も、今も」
 そこで部屋の戸が開き、メイリンが入ってきた。
「ああもう、暑い暑い!」保冷箱をいささか乱暴に机に置き、「でもって寒い」
「どっち」
「都市のほうは暑い。谷間は寒い」
「そうだね。気温差があるから寒く感じるね」ヤシロは身じろぎし、座り直した。「買い出しありがとう。アイス買ってきてくれた?」
 答えを待たずに保冷箱を開け、中のアイスを出す。アイスは三つあった。どれもチョコレート味だった。
 ヤシロは露骨にがっかりした。
「これ僕の好きなやつじゃない」
「はっ?」
「甘すぎるやつだ」
 メイリンもまた露骨にむっとして、
「あんたさあ――」
 そこで、休止状態の演算機が起動し始めた。通信が入ったのだ。メイリンは言いかけた言葉を引っ込めた。
 通信はツジムラからだった。ヤシロは手早くヘッドセットを装着した。
「はい、ヤシロです」
 ツジムラの声が耳に流れ込んでくる。
「おはようございます。知覚研のツジムラです。少々確認させていただきたいことがあるのですが」
「何でしょう」
「率直に申し上げます。ヤシロさんの身の安全を確認させていただきたいのです」
 その言葉の背景を図りかね、ヤシロはしばし口ごもったのち、嘘をついた。
「……私は平穏に過ごしておりますが、どういうことでしょうか?」
「ヤシロさんは先週、第二集積帯の地蘭地区で発生した火災をご存じでしょうか」
「ええ、小耳に挟んだ程度には。新興宗教団体の施設が全焼したとか」
「その火元なのですが、紋様技術の誤った利用が原因ではないかという話が出ております」
 ヤシロは喉を詰まらせた。ツジムラが続ける。
「例の『文書』ほどのものではありませんが、紋様を組み合わせ、彫り込まれた粘土板が現場から発見されております」
「覚醒者の仕業……と」
「軍警の担当部門より、『文書』の件に関係している者の安否を確認するよう達しが出ておりますので」
「失礼します、ツジムラさん。その火災の現場はどうなりますか?」
「既に封鎖されております」
 ヤシロの沈黙をどう思ったのか、ツジムラは抑えた声のまま付け加えた。
「破壊的な意図を持つ覚醒者の影がある限り、我々は軍警と協力しなければなりません。知覚研の力だけでも、軍警の力だけでも、事態の全容を明かすことはできないのです」
「ええ……」
 ヤシロは誰の姿も映っていない画面に身を乗り出した。
「その……ツジムラさんが仰る軍警の担当部門というのは、どういう部門になるのですか?」
「通常であれば一般市民が関わりあうことのない部門と人間たち、とだけお伝えします」
 当たり障りのない挨拶を交わし、通話を終えた。
 ヘッドセットを置くと、早速メイリンが尋ねた。
「何の話だったの?」
 ヤシロはすぐに答えなかった。対応を決めかねたのだ。
 そのうちのろのろ腕を動かして、アイスのカップを手に取り、「はい」とメイリンに渡そうとした。
「なに?」
「僕、アイスはソフトクリームよりジェラートのほうが好きなんだよね」
「ふざっけんな!」メイリンが床を蹴った。「だったら最初に言えっての! なんで買ってきてから言うんだよバーカ! バカバカ!」
 その大声にヤシロが嫌そうな顔をすると。
「もういい! あんたなんかフローズンウンコでも食ってろ!」
 部屋の戸まで歩いていき、くるりと振り向いて
「やーい、フローズンウンコ!」
 と言い放ち、出ていった。
 それを見送り、暫くしてからヤシロがケネスに呟いた。
「あの子トシの割に幼くない?」
「お前が言うな」これも飲み込んだ。
「まあいいや。ケネス君。少し出かける用事ができたから運転してくれないかな。車を借りてほしいんだ」
「よろしければ、家から私の車を回しましょうか」
「ダメ」
「何故」
「庭に置いておかれたくない」
「ですが」
「駄目だ。僕が決める。君は従え」
 ケネスは、きっとヤシロには駐車アレルギーがあって庭に駐車をされるとアナフィラキシーショックによって死に至るのだろうと結論し、無理矢理納得することにした。
 仕方なく電話をかけにいったケネスは、ふと思い立って電話台のひきだしを開けた。メイリンが持ち込んだ拳銃がまだそこにあった。彼はじっとひきだしの中に目を注いでから、銃を手に取った。
 メイリンはというと、ケネスと入れ違いでヤシロの仕事部屋に戻った。
「ねぇねぇ、『八代続く鋼の輝き』さん」
 腰掛けたままのヤシロの背後に回り、両肩に手を置いて甘ったるい声をかける。
「なに『青狼星使い』さん」
「どこにお出かけする気なの」
「君はお留守番でいいよ」
 メイリンは両手で握り拳を作り、ヤシロの両こめかみにぐりぐりと押しつけた。
「いたたたたたたた痛い痛い痛い」
「ふざけんな」
「放火殺人事件の現場だよ。痛いからやめて」
 メイリンは手を離しながら質問を重ねた。
「なにも物見遊山に行くわけじゃないんでしょ。覚醒者がどうとか言ってたわけだ。私も連れてけよ。戦力は一人でも多いほうがいいだろ?」
「危ないよ」
「そんなことわかってるよ。でも他にどうしろっていうの。私は一生あんたの家の倉庫に匿われてるつもりない。私だって当事者なんだ。のけ者にすんなよ」
 ヤシロは首をよじって、背後に立って覗き込むメイリンの顔を見やった。
「あとさ」メイリンは話を変えた。「私を覚醒させたのと同じあの『文書』、何か進展はあった?」
 何とも言えぬ表情で山積みの紙に手を伸ばし、下のほうから一枚抜き取ってメイリンに渡す。
「この紋様見たことある?」
 返事はない。
「ないよね。そのはずだ。〈巨人〉の一種だけど、腕が異様に長くて指が六本あるその様式は二十年ほどのごく短い期間、北の島嶼部で使われてただけなんだ。本職の紋様技師の僕ですら、『文書』の中から見つけだすまで見たことがなかった」
 椅子をぐるりと回して演算機の操作盤に指を置く。
「紋様に託されたメッセージ。その組み合わせの間に見え隠れする作成者の人物像。そこから読みとれた要素を分析するに、恐らく主要な作成者は女性。詩的な感性の持ち主だ。たぶん若い。高貴な身分ではないにしろ、高等教育を受けているものと思われる。
 だけど一番決定的なのはそのレア紋様でね。知覚研のデータベースを除いてだけど、それが収録された図集は一つしかない。目玉が飛び出るような額のついた稀覯本だ。それを閲覧できるのは、邂国でただ一カ所」
 演算機を操作し、地図を広げる。
 地図上のある地点にカーソルを置き、ヤシロは両手を上げて首を振った。
 王室。
 高い壁に囲まれた邂国王宮だった。





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