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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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アイとセカイをめぐる冒険〈9〉

第三話 輝ける闇(1/5)



 0.ふぃくしょん

むかぁしむかし、ガイアはたかいおそらのくにから
わたしたちがすむ ちぐりすを ごらんになり
まずしさや びょうきでくるしむひとのすがたに
ふかいあわれみを おぼえられました。

そこでガイアは じぶんのむすこである
おそらのくにの おうじさまを
ちぐりすに むかわせてくださいました。

おうじさまは たべるものがなくて くるしむひとに
たべるものを あたえました。
びょうきでくるしむひとには びょうきをなおしました。

ですが、ちぐりすのくにの えらいひとたちは
おうじさまが にんきものになることが
どうしても ゆるせません。

「あのおとこを ころしてしまえ」
だれかがいいました。
「ころしてしまえ」
「ころしてしまえ」

(「生きろ!」誰かがまだ叫んでる。誰。ああ。誰なの。いつから私に呼びかけているの。わからない。ああ。思い出せない。
 諦めるな。その人は言う。でも、いい。あの人がいなくなってから私はいつ死んでもいいと思ってたから。
 私が死んだら、この魂はガイアに行く。
 だからいい。
 ここで生き延びて、苦しみが延びるよりは。
 火が。
 ああ。
 火。
 煙。
 黒。
 茶色。
「そんなの知ったことか!」
 叫んでいるのは誰。
「君は私が助ける。生きろ! 死ぬな! 生きろ!」
 ……)

 ただ いきるために

 しんでも よみがえるために

 しんでも よみがえれば
 じぶんをころしたひとたちを
 ゆるすことが できる

〈その失われた能力は象徴の実体化を可能とするが、概念の実体化は不可能とされる。たとえば戦争に用いる道具は実体化できても、戦争を実体化することはできない。この事実を念頭に、以下の問いに答えよ。

 Q1.人間を実体化できないのは何故か〉




 1. それが教義であるかぎり

 日除けの巨大な天蓋が、参列者たちの頭上を覆っていた。
 寺院の鐘が重く一つ。二つ、三つ。その余韻が残るうちに、英雄の棺を乗せた車がずるりと滑り出した。駆けつけた非番の消防士たちが胸に手を当てて見送る。その男たちの陰に隠れて、アリシアは心持ちうなだれて、なにを思うでもなく佇んでいた。長い藁色の髪はひっつめて、黒いレースで覆っていた。手も、肘まである黒い手套(しゅとう)に包まれている。その指を、胸の前で組み、黒さに目を落としていた。
 自分が場違いな存在であることはわかっていた。人望のある男だったのだろう。参列者は多く、そこに紛れて、目立たぬように心がけていた。
 はからずもこの男の死の一因となった、それゆえに。
 不思議とどこか晴れやかな見送りの場で、葬儀屋がてきぱきと指示を出し続けていた。
「続けてご遺族の方、前のワゴン車にご乗車ください! 火葬場へ移動します、ご遺族の方は前のワゴンにご乗車ください」
 誰かが風を切って歩く気配が迫ってきた。それが真横で止まるので、アリシアは顔を上げた。
 喪服の女だった。
 美しい女だった。
 年は四十になるかならないかくらいだろう。口許にほくろがあった。微笑んでいた。アリシアは女の目を見る気にもならなかった。だが女はアリシアをじっと見ていた。
「生き延びられた方ですね」その声に断罪の響きはなかった。「あの火事を」
 アリシアは卑屈なほどびくびくしていた。一人の男の殉職について糾弾されるのではないかと恐れていた。その実こう思っているのだ。私はなにもしてないわ、ただあそこにいただけ、と。
 やっと返事をした。
「はい」
「お名前は、なんと仰るのですか?」
「リーです。アリシア・リーと申します」
「そう。リーさん。リーさん……」
 柔らかい声で女は繰り返した。
「今日は、夫の見送りに来ていただいて、ありがとうございます」
 アリシアは、自分でもそうとわかるほど引き攣った愛想笑いを浮かべた。
「いいえ――」
「生きていてくれてありがとう、リーさん」
 不意に女は砕けた口調になった。
「本当に、よく生きてくださいました。夫は私の英雄です」
「ご遺族の方、よろしいですか! ワゴンが出発します!」
 葬儀屋の声に、未亡人となった女は一つ頭を下げると、喪服の裾を翻してワゴンに向かっていった。彼女が乗り込むと、ワゴンのドアが閉まった。
 そのあとになって、アリシアの心はひどく掻きむしられた。あの女性に、もっとマシな態度は取れなかったのかと。

 百貨店のパウダールームで着替える。喪服が入ったバッグを担ぎ、アリシアはチグリスじゅうの流行の最先端をかき集めた婦人服売場、紳士服売場、子供服売場、キッチン用品コーナー、家具コーナーへの案内に目もくれずエスカレーター前を通過し、目を伏せて化粧品売場を通り抜け、外に出た。たちまち第二集積帯の岩肌を焼く強烈な日差しが、顔と言わず腕と言わず、むき出しの肌を襲った。
 明らかに、この土地は、定住に適していない。いかに世界標準的な、西大陸風の都市部を邂国じゅうに設計しようと、いかに大規模な疎水路で灌漑しようとも、いかに大規模なプラントで九十万人の口を養おうとも、新アジア十二都市同盟の盟主国たろうとも……。
 ここは遊牧民の土地だ。
 父を追って、西大陸に帰ればよかったと思う。幼い自分と母を捨てて去っていったという父。その幻影に焦がれ、無駄に心を消耗させるうち、アリシアの少女時代は終わった。今、彼女は重い心と体でバスに揺られている。バスが目指す雑居ビルの前で停まった。六階建ての建物で、その四階が目的地だ。
『ガイアのみ言葉普及協会 地蘭地区臨時集会所』
 従来の集会所が火事で焼け落ちたので、協会員のコネでこのビルを借りたのが二日前。まだ内装も整えられていない。
 バスを降りてからビルの入り口までの短い距離を、アリシアは小走りで詰めた。消灯されたビルの薄暗がりに身を浸し、日差しから逃れると、その明度と気温の違いに全身の血管がきゅっと縮まるのがわかった。
 目眩をこらえて階段室の鉄扉を開く。
 そして驚き、小さく声をあげた。
 鉄扉を開けてすぐのところに、人が背を向けて立ちはだかっていたのだ。
 アリシアの声で、男はゆっくり振り向いた。顔を見て正体を知り、アリシアは安堵した。
「ヒグレさん。脅かさないで。びっくりしたじゃない」
 カイ・ヒグレ。半年前に正式に協会の一員となった男。まだ三十の中ほどなのだが、それより幾分老けてみえる。痩せぎすな体格と、今この階段室に垂れ込める暗がりのせいで、彼はいっそう不健康に見えた。
「ヒグレさん?」
 カイが押し黙っているので、アリシアは眉を寄せた。
 カイは困ったように眉を寄せた。正直なところ、彼の人間らしい表情を見るのはこれが初めてだった。
「……どうしたの、ヒグレさん」
「家に」と、押し殺した声で囁く。「誰もいないんだ」
 アリシアは意味を理解しかねて数秒立ち尽くした。
「ヒグレさん、独身のはずじゃあ」
「でも、誰かがいた」もはや独り言と変わらぬ調子で呟く。「いたはずなんだ」
「あなた、混乱してるのよ」
 アリシアは形ばかりでもない同情を込めて言った。
「あの火事がショックだったのよ、自分で思う以上に」
「そうじゃない」
「とにかく、こんなところで立ち尽くすのはやめましょう。変に思われることはしないで。他の事業所も入ってるんだから……ほら、私たちただでさえ……風当たりが強いんだし」
 カイはぶらぶら体を揺すった。どうするかと思って見ていると、階段に背を向けて、日光が白く塗るガラスのドアに向かい、出ていった。アリシアは鋭いため息とともに肩の力を抜いた。
 アリシアはカイ・ヒグレが嫌いだった。彼と出会ったのは、地域の文芸同好会の集いだった。彼はよくいるタイプの、そして最も煙たがられるタイプの男だった。
 批評家気取り。
 他人が書いたものには辛辣な言葉を浴びせるが、なんだかんだと理屈を付けて、自分が書いたものは人に見せない。
 特に彼を『み言葉普及協会』に誘った覚えはない。勝手について来て、気がついたら居座っている。もちろん追い出すことなどできないが、自分の居場所を浸食されているようで嫌な気持ちになる。
 一番嫌なのは、彼がいちいち協会の機関誌の、アリシアが連載を受け持つコーナーに目を通すことだ。特に何かを言うわけでもなく、ただ鼻で笑う。
 いなくなればいいのに。
 これがカイに対する嘘偽らざる心証だ。
 アリシアは階段を四階まで上った。
 蛍光灯の光が滲むすりガラスの戸を押し開ける。部屋は三つ。奥の大部屋が仮の礼拝所、手前の通路の左側の小部屋が男性協会員の集会所、右側の小部屋が女性協会員の集会所となる予定だ。
 礼拝所に入る。戸が軋み、礼拝所としての体裁を整える手を止めて、十人足らずの協会員たちがアリシアを見た。掃除機をかけたり、かけ終わったところからパイプ椅子を並べたり、協会賛美歌集の紐を解いたり。みな忙しそうだ。アリシアに注がれる視線は痛々しげで、気遣いに満ちていた。
 最初に声をかけたのは、地区会長の老人だった。
「行ってきたの?」
 その質問と同じくらい短い、最低限の返答をする。
「はい」
「どうだったの、国教会の葬式は」
「別に、どうもこうも……」不快感の苦みを噛みしめながら、アリシアは不器用に答えた。「いたって普通の葬儀でした」
「ふぅん」
 地区会長は、真っ先に運び込まれた説教壇を雑巾で拭く。
「いたって普通、ね」
 この男は、アリシアが他教派の宗教儀式に参加したことが気に食わないのだ。人ひとり死んだということがわからないのか。しかも、自分の集会所の成員を助けるために。
 特に合図もなく、掃除が再開された。
「ねえ、あなた、大丈夫?」
 掃除機の音が響く中、年かさの女性協会員がそっと近付いてきた。
「顔色も悪いし、まだ良くなってないんでしょう?」
「大丈夫です」アリシアは無理に微笑んだ。「この通り立って歩けますし、入院し続けてもお金がかかるだけですから」
「そう……あなたがそう言うならいいんだけど……」
 と、アリシアの二の腕に触れた。
「無理をしてはいけないわよ」
「無理はしていません。原稿も、近いうちに仕上げますから」
 気遣わしげな目で訴えかけながらも、相手はそれ以上なにも言わなかった。
『服喪の期間が終わり――』
 不意にその言葉が耳に飛び込んで、ずっとラジオがかかっていたことにアリシアは初めて気がついた。
『邂国じゅうの各地域で弔旗が降納されました。それでは女王陛下、並びに王婿(おうせい)殿下のお言葉をお送りします』
 老いた女王の声がラジオから流れ始めるが、誰も熱心に聞いてはいなかった。
 第九王女の死は、不幸な事故だとされている。自殺ではないか、というまことしやかな噂があるが、アリシアも、他の協会員同様興味がなかった。
 王の死であろうと、王族の死であろうと関わりない。人を殺した者の死であろうと、人を救った者の死であろうと、この狭い、閉ざされた世界では、知ったことではないのだ。
 この堕落した世で、ロゴスとも呼ばれるガイアの教えを学び、それを厳しく守った者のみが、死後ガイアでの復活を約束される。これが『み言葉普及協会』の教えだ。つまり、協会員以外の死者の魂はすべて、永遠の滅びに入る。
 束ねて縛られた教典に手を伸ばしたとき、アリシアはひどい衝撃を受けて凍りついた。
 永遠の滅び。
 では、では、あの人は、永遠に消えてなくなったの?
 自らの命を犠牲にし、私を救い、他の人たちを救った消防士は。黒と茶色の煙を吸いながら、私を励ましたあの人は。
 協会の教えでは。
 あの人の魂は、永遠に滅んでしまったという。





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