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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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アイとセカイをめぐる冒険〈3〉

第一話 いちばんきれいな花(3/4)



 3.失われた跳躍

「解説に付け加えるなら」
 地下エントランスで、ヤシロは真顔で輪郭ルーレットの新しい紋様に言い聞かせた。
「宇宙の発生から現在までの全歴史において、節目となる十段階の時期があったと言われる。十段階の跳躍と言い換えてもいい。宇宙の誕生から恒星・惑星の誕生、生命の誕生からホモ・サピエンスの誕生といった具合にね。エネルギー源獲得能力の増大を引き起こした農業の発生は跳躍の第七段階、新たな居住環境獲を獲得させた宇宙開拓技術の発生は第九段階」
「そして第十の段階で、人類は社会を維持させるエネルギーの獲得能力を手に入れたはずでした」
 その声で、ヤシロはツジムラとケネスの存在を思い出した。
「失礼、ヤシロさん」ツジムラが歩み寄ってくる。「人類は生まれ故郷のガイアを失い、他の星に移住した。その移住が人類を進化させ、知覚した対象物から直接エネルギーを取り出す能力を獲得したと。確かにそれは定説です」
「定説は定説ですが、ツジムラさん、進化と呼ぶに値するものであれば、それをなかったことにするのは不可能です。にもかかわらず、四つの星への移住が人類を『進化』させたと同様、この星の何かが、不可逆であるはずの『進化』をなかったことにさせた」
「仰る通りです。進化も進化の歴史も失われ、人類はあるかないかもわからないガイアで魚から進化したという神話が言い広められている」
「その神話を否定すれば、チグリスの社会は混乱に陥るでしょう。まずガイア教原理主義者たちが黙っていない」
「おとぎ話です」その断定に惹かれ、ヤシロはルーレットから目を上げて、ツジムラの喉のあたりをじっと見た。「人類がこの星の先住民でないことについては科学的な根拠がある。ガイアの名で口伝される惑星も昔どこかにあったのでしょう。ですが、ガイア教は新しい秩序と社会とを回復したいという要求の上に構築された宗教です。そういうものを作らなければ、この途暦千年の歴史はもっと血にまみれたものとなっていたでしょう」
「それはそうですが」
「ですが、旧世界の文明構築の源となった能力が、結局は旧世界を滅ぼした」
 視線の圧力を受け、ヤシロは相手の目を見ぬまま言葉を引き継いだ。
「確実性が高いとされる文献の内容を繋ぎあわせれば、かつて人は色彩と輪郭のみならず、言葉からエネルギーを取り出そうとしていた。生命というものを……膨大なエネルギーを持つそれを、言葉から生み出そうとして〈災厄〉を引き起こした。ガイア教の教典からもそう読みとれます」
 無論、試みに手を染めたのは、チグリスの名で呼ばれるこの星だけではない。
 人類が離散した先の惑星は四つ。
 第一の星はピション。
 第二の星はギホン。
 第三の星はチグリス。
 第四の星はユーフラテス。
 すべての星が、新しい技術と能力の獲得に躍起になっていた時代がある。それは千年の昔、〈災厄〉が旧世界を滅ぼすまでのことだ。
〈災厄〉そのものについて言い残す文献は、すべてが宗教的な物語に書き換えられたと言っても過言ではない。地が割れ、都市が呑まれた……空から火の玉が降り注いだ……星が落ち、水が毒に変わった……とにかく、惑星チグリスは〈災厄〉によってすべての都市と人口の七割を失うに至った。
 そしてそれは、他の三つの星でも同じであると思われる。〈災厄〉以降、どの星からの通信も途絶えたままだからだ。
「ある面で、輪郭とは記号です」ヤシロが呟いた。目は紋様銃のルーレットに注がれたままだ。「色彩も同様です。一方で、言葉は記号に対する実体であると言われてきた。人間は記号を見ることに慣れている。人は記号を見る。しかし旧世界の人間は実体を見たがった。彼らが滅びに至ったのは」
 言葉が切れた。
 数秒待ち、ツジムラが促した。
「至ったのは?」
「見てはいけないものを見たからでしょう」
 ケネスは会話に割り込むこともできず、テーブル脇で棒立ちのまま音もなく唾をのんだ。
 ツジムラの声が響いた。
「この星で……あるいは他の三つの星で、人類は『それ』を見た。『それ』は不可逆なはずの種の進化をなかったことにさせるほどのものだった……そうだとしても、ヤシロさん、いつまでもなかったことにできないのです。人類は『それ』を思いだそうとしている」
 ならばこその覚醒者だ。でなければ、ヤシロは今もツジムラの椅子に座っていたはずだ。
「私たちが今こうして生きているのは、ヤシロさん、〈災厄〉を生き延びた世代の人間が何らかの手段を講じたからです。どうにかして『それ』を忘れた。〈災厄〉以前の歴史を断絶させ、書物を焼き払い、廃墟をさらに跡形もなく破壊して、『それ』を忘れたのです。
 我々のプロジェクトを打ち明けましょう」
 ここまで一息に言い、間を置いた。ヤシロの鈍い表情から反応を読みとろうとしているようだった。
「我々の目標は、旧世界の人類の生き残りが後の世代に施した忘却の手段を発見することです。ご存じの通り、忘れられたはずの能力に覚醒する人間は、およそ年に一人のペースで発生しています。我々が把握しているよりも多い可能性もあります」
「野放しにはできない、と」
 ツジムラの睫毛が下を向き、目に影を作った。半開きの口から声が消える。ヤシロは続けた。
「いいえ、ごく当然の話です。現にこのような攻撃的なプログラムを組んで野に放つ者がいるのですから。ところで、伺った話では、能力覚醒の鍵となる『それ』を忘れさせる方法を探す間に『それ』自体を見つけてしまう危険性がありますね。覚醒した張本人でさえわからない『それ』を」
「可能性については我々も承知しております」淡々と告げながら、ツジムラは目を上げた。「ことは慎重に進めなければなりません。旧世界の人類と同じ過ちを犯せば、我々は再度この星に〈災厄〉をもたらすことになるでしょう」
 その目がテーブルに動いた。ベルベットの布に包まれ、金属板が会話に耳を澄ましているようだった。
「……もう一点伺います。あなたがたのプロジェクトと、私に解読をお任せいただいたあの『文書』の関係は?」
「お言葉通り、あれはまさしく野に放たれたものです、ヤシロさん」
 ツジムラは忌々しげに金属板を睨みつけた。
「『文書』入手経緯の詳細は追ってご説明いたします。大まかにお話ししますと、はじめ、あれは高級墓所の駐車場の茂みに無造作に投げ捨てられておりました。墓所の警備員の手から十数人を経て我々の手許に届くまでに、五人の命を奪っています」
「どのように。誰かが紋様図鑑を参考に無理に解読しようと?」
「いいえ。五人を覚醒させたのです。彼らは力への対処方法を知りませんでした」
「先ほど実体化した層ではじめに出てきたのは剣でしたね。即死だったことでしょう。それにしても初耳です」
「箝口令が敷かれましたので」
「軍警も絡んでいるのですね」
 直接の回答はなかった。
「痛ましい話です。さて、お話ししましたとおり、あの文書には関与した人間の一定数を覚醒させる作用がある。誰がなぜ、どのように、といったご質問には回答いたしかねますが、いずれにせよあれの解読は必須です」
「たしかに覚醒のキーとなるものを特定できたなら、その逆のプログラムを組めば、忘却の効果を期待できる」
「ご賢察のとおりです」
 重い声が天井に吸い込まれていき、ある高さで消えた。エントランスが静まり返った。
 ヤシロが思案げな様子で背中に手を回し、銃をもとの位置に隠した。衣服のこすれ合う音がやむと共に、彼は考えを口に出した。
「お話を伺う限りでは、辞退させていただく理由はございません。ただ、私の仕事場はあの通りの立地です。気がつけば文書に殺されていたというようなことがあってはいけません。ツジムラさん、一定期間、部下のケネス・アリサワさんを助手としてお貸しいただけますか?」
 思わず目を見開いて、ケネスは背筋を伸ばした。だが相変わらず彼は話す二人の視野の外であった。
「彼は二年前までヤシロさんの部下であったと聞いております」現上司のツジムラは、口調からして戸惑っているらしい。「ヤシロさんは、アリサワをどのように評価しておられるのですか?」
「少なくとも私の部下であったときは、分析技術の腕もセンスも平凡でした」
 ヤシロに悪気はない。だが容赦もない。
「ですが、ここぞというときの度胸と底力には驚嘆に値するものがあります。今回のご依頼は少なからぬ危険を伴うからこそ、お願い申し上げているものです」
「不当な要求ではございません。ただ社内手続きが必要となりますので、今日すぐというわけにはいきませんが」
「こちらも準備を整えてお待ちしております」
「わかりました。では、上階にて正式な契約手続きに入らせていただきたいと思います。アリサワ君」
 目で合図され、ケネスは『文書』に布をかぶせた。包んでいく。神経過敏になりすぎて、やけに時間がかかった。ついうっかりでも彫刻面に触れてしまいたくなかった。
「ヤシロさん――」
 続く言葉から、ツジムラの極めて個人的な、だが切実な思いをケネスは嗅ぎとった。
「くれぐれもお気をつけて」





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