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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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アイとセカイをめぐる冒険〈2〉

第一話 いちばんきれいな花(2/4)



 2.君は誰?

 震えが大きくなっていく。金属板は今にも暴れ出しそうだ。
 知覚の力が記号と呼応する。
 ケネスはただヤシロの手許に注意した。一文字ずつなぞっているのだと思っていた。違った。板面の、彫りが浅い部分だけを探ってなぞっている。
 読み方がわかるのだ。
「一枚ずついきます」
 ピシ! ピシ! 生木を裂く音が、地下エントランスにこだまする。音を伴う気配が鞭のようにケネスの頬をかすめた。しばらくのち、生温かい血が頬から流れ出た。思わず頬に手をやった。指を見る。間違いなく血だった。気配は鋭く背後の壁にぶつかり、跳ね返り、奥の壁にまっすぐ飛んでいき、またぶつかった。その暴力的な呼びかけに応じる色と形を探しているようだ。
 ヤシロの目が、まるでハエの軌道をなぞるように音を追っていた。左手は金属板の紋様をなぞり続けている。
 指が止まった。
 閃光があった。
 金属板に光の紋様が浮かんだ。本能が直視を拒み、ただ断片的な曲線と直角がケネスの網膜に焼き付けられた。紋様の全体像を視野に収めるより早く、その色が赤に変じた。心に攻撃の意図が刺さる。
「浅い階層から剝がします」
 ヤシロの声。
「私にあなた方を守れるといいのですが」
 浮いた二人はケネスとツジムラの間を一瞬で通り過ぎ、最後に音が聞こえた場所へ跳んだ。
 ヤシロの右手が拳銃の引き鉄を引いた。火薬の炸裂音こそなかったが、確かに色彩が撃ち出され、紋様を砕いた。
 鮮やかな赤だった。金属板から生じたものより遥かにきつく、攻撃的な色彩だ。
 二つの赤が衝突し、欠片となり、散る。ヤシロの銃から撃ち出された赤は、すぐに消滅した。金属板から生じた赤さが残った。その破片は空中で縦横に舞いながら、濃紺に変じていく。
 文字になった。
 白塗りの壁を背景に、ヤシロはそれを読んだ。

〈月は遠い安らぎの約束を守りませんでした〉

「ああ、女の子か」
 呟きながら、親指をリボルバーらしく見えるものにかけた。
 それはリボルバーではない。二つのルーレットだ。一つは輪郭を、一つは色彩を指定する。
 親指で回した。からからと音を立てるルーレットは、時の経過によって減速するどころか加速していく。
「ごめんね。僕は難しい言い回しが苦手だから、率直に聞くね。君は誰?」
 ギュンギュンと金属的な音が、超高速で回転するルーレットから放たれている。
 文字が剣が変わる。
 カチリと音を立て、紋様銃のルーレットが停止するのが同時だった。
 輪郭のルーレットは〈盾〉で停止していた。色彩のルーレットは〈鉄(くろがね)色〉を示している。
 再びの発射音。気付けば剣はヤシロの面前で砕けていた。彼の眼前には黒く光る盾があった。
 剣の紋様に対応したのだ。盾から連想が始まって、浅い感情が心に流れた。
『盾』『堅牢』『一面的な守り』『独善』『盲目の恋』
 ルーレットを回す。
『暴走』『自己の忘却』そして〈酒〉。
 カチリ。
 ルーレットが青褪めた色彩の酒瓶を示して止まる。砕かれた剣の色もまた、撃ち出された酒の紋様に対応し、新しい色と形を構成した。
 八方向に広がる金色の矢。〈朝日〉の紋様だ。
 酒と朝日。
 自暴自棄の夜明け。

〈夜が傾き砂塵の果てから全天の朝が来ます。
 きれいな歌を探すなら、声を失うでしょう〉


〈酒〉と〈朝日〉の間に構成された意味が、呪文のように意識を打つ。実際には静止する二つの紋様しかない。だが生成された意味は声のように耳に聞こえ、文字のように目で読めた。
 ルーレットを回す。
 矢の紋様がほどけ、

〈Q.1〉

 文字を作る。

〈意志を持ち飛び回る色と形の力の源泉はなに?〉

「子供に対するみたいなナメた質問は控えてほしいものだね」
 文字が、歌う女の紋様に変化する。その色彩は透き通る青、薄明。
 新たに撃ち出された鷲の爪が、女を掴み砕いた。
「自由に飛び交う力を色や形自体が持ってるわけじゃない。あくまでそれを組み合わせ、配置し、エネルギーを与えているのは人間だ。
 輪郭は輪郭、色彩は色彩でしかない。
 だがたとえつまらない物同士の組み合わせでも、正しいパターンで配置すればエネルギーの流れが生じ、複雑なものが生まれる。複雑であるほど、流れるエネルギーは膨大な量になる。ただの素粒子の組み合わせから命ある人間が作られるようにね。知ってるかい? 人間一グラム当たりが持つエネルギー量は太陽一グラムより五千倍から一万倍も大きいんだ」
 砕かれた光は今、砕かれたまま七色に輝き浮遊している。無数の大小の三角形だ。
「さあ、次は僕が試験するよ」
 新たに銃口から飛び出した紋様は、横倒しの瓶と流れる乳白色の液体だった。
〈こぼれたミルク〉
 プログラムとの呼応が始まった。精神に連想が展開される。『失われた恩恵』『自然の喪失』『離散』そして、砕かれたままでいた光が固定される。
〈まき散らされた種〉
「ガイア教徒なんだね」
 種は床に散らばる。ヤシロが素早く後退した。種は翼の形に広がった。惑星チグリスの二つの大陸だ。種は芽生え、稲穂となってそよいだ。
「もし君がロゴス教徒、もしくはその思想と文化の影響下にある人間なら、たとえば〈こぼれたミルク〉から『恵みの大河』『文明』『都市』……といった展開を見せただろうからね。ついでに言うなら邂国の人間だ。ガイアからの追放……ディアスポラ……撒き散らされた種がこの惑星の大陸の形となるこのイメージは、邂国国教会公式の教化ビデオの映像だ。このビデオが実際に使われた教育の現場と年代を洗えばある程度絞り込めるぞ」
 ルーレットが緋の色彩の〈炎〉を示し、稲を焼き尽くした。熱風に巻き上げられる青草が、炎の上で次の文字を浮き上がらせた。

〈Q.2 人間はなぜ、輪郭と色彩にエネルギーを流し込む能力を手に入れたの?〉

 文字は黒い雨となって火に注いだ。
「さっき、素粒子というきわめて単純なものでも正しく配置されることによって生命が生じるという話しをしたね。もしこの配置される要素に人間の外部の環境が含まれているとしたらどうだろう」
 粘りけのある雨だった。それは人工大理石の床を濡らし、火は水の上で燃え続けた。火は水に乗って広がりつつあった。大陸の形が溶ける。この星の、世界の形が消えていく。
「複雑なものは必要な条件が具合よく整ったときに現れ……さらに局所的に最適な条件が整ったときには、いっそう複雑なものが発現する。人間が新たな能力を発現させたのは、ガイアからの追放、四つの星への離散という極めて難しい局面に立たされたからじゃないかと推測されている」

〈Q.3 では、人間の身体と、人間の能力、どちらが先に生まれたの?〉

 円形の足場を残し、炎が壁となってヤシロの体を取り囲む。
「この能力がはじめから人間に備わっていたものなのか。または新しい星に適応するために新たに生じたものなのか。そういう質問かな?」
 ルーレットが回る。
「人間が新たな行動形態を開発するのは、環境への対処としてそれが必要だからだ。魔法のように見えることでも、それができる理由がある。能力が先か、体が先か、一般的に考えたら体が先だよね。だけど、それだけが答えじゃないかもしれないね。能力のために体があるかもしれない。それは誰にも否定できない。少なくとも」
 ルーレットが止まる。
 それは、ヤシロ自身思ってもいなかった紋様を示した。
〈葉〉
 色は赤茶。
 朽葉だ。
 鮮やかな驚きが、ヤシロの目を塗り変えた。
「……人間の本質は知覚で捉えられるものじゃない。身体的な限界や、意味を越えたところにある。それが僕の確信だよ」
 引き金を引き、葉と炎の組み合わせから連想が始まった。
『焚き火』炎の壁が焚火となってヤシロの眼前で収斂する。
 組み合わされた〈葉〉と〈炎〉は、懐かしさの痛みを伴いながら次々に形を変えていった。

〈薪〉
〈竈〉
〈農夫〉
〈涙〉
〈弔旗〉
〈丘〉
 そして最後に固定された紋様は、
〈墓〉
「君は死んでしまったの?」
 墓碑銘のように、墓の表面に文字が刻まれていく。

〈思い出の夢の向こうに塔があります。
 あなたの思い出を見せてください〉


「最後に聞くよ」
 ヤシロは目を細めた。
「君は誰?」
 銃を向ける。
 墓碑銘が薄くなっていく。エネルギーが切れるのだ。
 最後の力が墓に文字を刻んだ。
 それは答えではなかった。

〈Q.4 この世で一番きれいな花はなに?〉

 十六面のルーレットが〈鎖〉で停止した。鎖が撃ち出された。鎖は墓をくるくる巻き、もろとも消失した。
 長い息を吐きながら、ヤシロは肩の力を抜く。直立不動の姿勢が崩れた。
 地下エントランスの中央にぶらりと立ちながら、彼は紋様銃を顔の前に持っていき、検(あらた)めた。
 一面ずつルーレットを回すと、鎖の紋様は、〈花を巻く鎖〉に変じていた。





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