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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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アイとセカイをめぐる冒険〈1〉

第一話 いちばんきれいな花(1/4)



 0.ついほう

 むかぁしむかし、ガイアはヒトをうみだして、
 そのおおきなからだにすまわせました。

 ガイアはうつくしいしぜんとうつくしいそらで、
 うつくしいいきものであるヒトをつつみこみました。

 しぜんとすべてのいきものは、ヒトのてにゆだねられました。
 どんなすばらしいせかいになるのだろう?

 ヒトは、いきものをころして、ほかのヒトをころしました。
 ながれたちは、うみをよごし、ひは、もりをやきました。

 こうして、しぜんもすっかりなくなりました。
 ついほうのはじまりです。

 1.依頼

 エントランスに現れた男を見て、隣のレン・ツジムラはいささか信じられぬという思いを抱いたらしい。
「あれがか」
 ケネスは機銃付きカメラのモニタから目を離し、ツジムラの横顔を伺った。神経質そうで、怒っているように見える。
「若すぎる。どう見ても二十七、八だろう」
「そんなに若くありませんよ。若く見えるのは確かですが」
 何気なくモニターを一瞥し、呟いた。
「それにしても、ホントに二年前から変わらないな。歳をとっていないみたいです」
「どういう男なんだ」
「どういう」
 意味もなく復唱する。
「まあ、経歴通りの人なんですけど、とらえどころがないと言うかなんと言うか、まあすごい人には違いないのですが」もっと何か言わなきゃ。「あ、そうですねえ、顔面があの通りですから女性人気は高かったみたいですよ」へらへら笑って「特に年上からの。もう四十代五十代の女性からモテるモテる――」
 ツジムラが歯を剥いて睨むのケネスは言葉を止めた。うわぁ言っちゃったよやらかしちゃったよ言わなくていいことつい言っちゃったよしかもナチュラルに地雷踏んじゃったようわぁうわぁうわぁ。
 レン・ツジムラは四十五歳。仕事にかまけている間に同い年の妻に不倫され、娘からも見放されて別居中なのだ。
「委託先としてコウキ・ヤシロを推挙したのは君だ」上司は低い声で告げた。「間違いのない相手だろうな?」
 ケネスは萎縮して答えた。
「それは勿論です」
 二人は黙ってモニターを注視した。


 西の砂漠と南北の山岳、中央の広大なステップ、そして大河に沿って東の洪海にまで散在する都市国家群。この新アジアの超国家機構である『旧世知覚文化研究所』。ツジムラはその邂国支局に勤務する、基礎紋様技術解析部門の主席技師だ。
 一部門の主席技師に預けられる予算の総額は、新アジアの小規模な都市国家の年間予算に匹敵する場合もある。
 今、エントランスを抜けて殺風景な廊下をエレベーターホールへ歩いているコウキ・ヤシロは、かつて二十九歳の若さでその地位に就いた。黒いズボン。水色のシャツ。青いネクタイを締め、灰色の毛織りのベストを纏っている。中肉中背。細面で、切れ長の目をした、端正な顔立ちの男だ。若く見えるのは、前髪を垂らしているせいもあるだろう。守衛はつけられていない。一人で地下直行のエレベータに乗り込む彼の命は、機銃付きカメラに委ねられている。
 ヤシロは主席技師の座に就いてから、僅か三年で職を辞した。突然の辞職だった。ある日突然出勤してこなくなった。引き継ぎもなし。慰留があったという話も聞かない。姿を消してから退職予定日までついぞ出勤してこなかった。残された私物はすべて、特殊警備部門の守衛たちがものものしい様子で運び出した。それを見て、ヤシロについて噂する者は誰もいなくなった。彼の身に何か起きた。詮索すべきでない何かが。彼が失われた先文明技術の研究者として独立しており、あまつさえ立派な研究所が与えられていることをケネスが知ったのは、つい先月のことだった。新しく受け持った案件の取引先を探すうちに、そのことを知ったのだ。
 更に、退職の理由も。
「変わり者という噂を聞いた」
 ヤシロがエレベータを降りるとき、ツジムラがまた口を開いた。ケネスは先回りして答えた。
「はい。ですが話が通じないということはございません。その点に関してはご安心していただければと」
 返事はなかった。
 ツジムラがモニターを畳み、胸ポケットにしまった。
 客人は間もなく来る。
 広さ二十五メートル四方、高さ十メートルのがらんとした地下エントランスでケネスとツジムラは居ずまいを正した。エントランスの床は白いタイル。壁には何の装飾もなく、白一色。天井も白一色。明かりは壁や天井の内側から照射される。
 ここは、あらゆる色彩が意図的に排除された空間だった。ケネスたちが纏うのも、白一色の作業用のつなぎだった。あらゆる意匠が徹底的に排除され、彼らの社会的地位を示す印は何もない。
 ケネスは唯一の出入り口である強化ガラスの扉へと体の向きを変えた。そこに彼、ケネス・アリサワの姿が映し出された。白一色の部屋に浮かび上がるような、濃い茶褐色の肌。肩の下まで伸ばしたドレッドヘアを背中で一つ結びにしている。つるりとした剥き出しの額。厚い唇。目は大きいが三白眼で、不機嫌そうだ。不機嫌なわけではない。気難しい上司と、変わり者の元上司に挟まれる事態に緊張しているのだ。
 と、ガラス扉の向こうの明かりがついて自分の姿が消えた。代わりにヤシロが姿を見せた。歩いてくる。ツジムラが足を踏み出した。ケネスが続く。
 ガラス扉が自動で開いたとき、ほどよい距離でツジムラとケネスがヤシロを迎える形となった。
「コウキ・ヤシロさんでいらっしゃいますね。お会いできて光栄です。レン・ツジムラと申します」
 相手の男は無表情。返事は「はい」、それだけで、声もまた表情に乏しかった。
 人の目を見ずに話す男だった。苦手なのだろう。顔も見ない。まっすぐツジムラを見ているようで、その実ケネスとツジムラの間の空間の奥をじっと見つめている。
 ああ、この目だ。この感覚。ケネスはこれが苦手だった。この男は明らかに、自分たちとは違うものを見ている。
「ご挨拶は頂いた文面のみで結構です」ヤシロが抑揚のない声でツジムラをとどめた。「ご用件を伺いましょう。肝心のご依頼の内容を何も知らされておりませんので」
 それではこちらへ、と、ツジムラはコンパートメントで区切られた四人掛けのテーブルへとヤシロを導いた。だが、誰も腰をかけなかった。ツジムラの鞄が背もたれのない椅子に置かれ、太い指がジッパーを開けた。
「それでは早速ですが、こちらをご覧ください」
 黒いベルベットの包みが中から現れた。
「私どもはあなたに、こちらの文書を解読していただきたい」
 包みがテーブルに安置された。布の厚みを差し引けば、中身の大きさはちょっとした書類の束、紙であれば五十枚程度のものと推測できる。だが、それは置かれたときにコトリと硬い音を立てた。
 ケネスが横目で窺ったとき、無愛想な客は表情を強ばらせているように見えた。ひりつく知性と才覚が、光となって切れ長の目に宿っていた。そのため、長い睫毛が影を落としても、両目は明るかった。今、その光は容赦なく包みに浴びせられ、照らしていた。まるで自分が値踏みされているような居たたまれなさに襲われて、ケネスは身じろぎした。
 ヤシロの両手が包みに伸び、結び目をほどいた。中を覗き見たときはじめて、彼は感情を露わにした。
 うっ、と声を漏らし、顔を真横に背けた。両目は何かを拒むようにきつく閉じられた。両手はせわしなくベルベットの端を探し、それを再び結びあわせると、ようやく目を開けた。
「これは」声からも、幾分強い調子が感じられた。眉根を寄せている。「よくも……よくもまあ」
 包みの中に文書などないことは、ケネスもよく知っていた。
「あなたに解説させていただくというのもおかしな話ですが――」
 反応を見届けたツジムラが、沈黙を汲み話しはじめた。
「旧世すなわち先文明の人間は、世界の構成要素を『言語』『輪郭』『色彩』の三つに大別していた。たとえば記憶や感情は色彩の領域に、人間の肉体は輪郭の領域に分類されますね。それに限らず、あらゆる輪郭と色彩から自由にエネルギーを取り出し用いることで独自の文化と科学を発展させていた」
「その能力は人間から失われました」ヤシロが言葉を引き取った。早口になっていた。「どのような色からも形からも、今の人間は好悪の情を抱く程度の能力しか持っていない。たとえば赤は興奮を、青は鎮静を引き起こす程度の」
「はい。ですがヤシロさん、あなたは違います。覚醒しておられる」
「これを」
 ヤシロの目がツジムラを刺した。それでもツジムラと目を合わせはしなかった。
「このプログラムを『書いた』のは誰ですか? 危険だ。悪意があるとしか思えない」
 それに対するツジムラの返事は沈黙だ。
 ヤシロが質問を変えた。
「依頼者はどちらだ、ガイア教の教会か、ロゴス教の教会か。これを読み解けばどちらの教義にとって有利になる?」
「依頼の背景について明かすことはできません。申し訳ございません」
「輪郭と色彩を持つあらゆる物から自由にエネルギーを取り出す能力。その能力が旧世界崩壊の引き鉄になったと言われている」
 それは独り言だったようだ。ヤシロの目が、ツジムラがいるほうへ動いた。
「ツジムラさん、あなたは私に紋様銃の持ち込みを許可しました。必要になると予測されたのでしょう」
 ツジムラが口を開きかけた。同時にヤシロが包みの結び目に再び手をかけた。ツジムラの開いた口から返事が出ることはなかった。
「紋様銃の発想自体は私の在職中からありました。あるいは私の論文をご覧になったことがおありかもしれません」
 結び目がほどけていく。
「仕組み自体は決して難しくはありません。決められた色と形の組み合わせでエネルギーを生成し、物にぶつけて破壊する。対人殺傷能力もある。といっても、人間には意識がある。複雑な認知の仕組みを持つ存在には特定の組み合わせしか通用しない場合もありうる。色と形を認知する、相手側の人間の能力にも大きく依存した武器でもあるからです。あるいは色と形の組み合わせで想起されるイメージから連想と記憶の連鎖を引き出す尋問装置としての転用も可能です。今回あなた方が私を呼んだのは、むしろそちらが目当てではありませんか?」
 これだけを一気に言ってから、
「いいえ、質問するまでもないことでした。解読というご依頼内容からしてそれしかないわけですから。それに、対人殺傷能力の面は実験データがあるわけでもない。するわけにもいかないし、そもそもこれは僕にしか使えない」
 話しながら自分の世界に入っていく。声が小さく、早口になっていく。
「僕が覚醒者だからだ。だから知覚研究所は僕を匿った。研究室を与えてまで保護してこんな物の開発と所持まで許している。そうするだけの価値を見せろってことだろう」
 包みはほどかれている。ヤシロの手が布を払い、中身が露わになった。ヤシロはそれを見ようとせず、体ごと顔を背けた。
「ケネス君」
 今度はいやにゆっくりした口調で呼んだ。
「覚醒している、ということの意味はわかるね」
「はい。色彩と輪郭からエネルギーを取り出すことができる……旧世界の人類のように。ヤシロさん、あなたはその能力を持つうちの一人です」
「新アジアの十二都市同盟の中でどれくらいの数の覚醒者がいると思う?」
「あなたを含め七人です」
「四人だ。二人は自殺して、あとの一人は殺された。一人は失踪、一人は拉致され、一人は反社会武装組織に飛び込み国際指名手配中」
 ケネスは唾をのんだ。
「ツジムラさん」
 背中に伸ばした右手をシャツの中に入れた。ベルトに挟んでいたのだろう、もう一度右手を見せたとき、手に拳銃を握っていた。
 もはや史料の中でしか見ることのない、リボルバー式の拳銃。少なくとも外見はそう見えた。
「単独紋様銃イ號七式。組み上げられた色と形の組み合わせ……いわゆるプログラムの中からめくらましの装飾をはぎ取り、核心と本質を洗い出す。
 銃の性能については命を賭けてもいいくらいの自信があります。ですが駄目だったときには――」
 言い切らずして、素早い動作で包みの中身と向き合った。
 白銀に光る金属版が、ベルベットの布からすっかり露わになっていた。
 その表面には、細かな図像がびっしり刻み込まれていた。いくつかは意味がわかるものだ。ぶどう。篭。釣り竿。老人。墓。酒瓶。計量升。杖。旗。蛙。椅子。月。太陽。円、三角形、五角形という単純な図形があり、現代では使われていない旧世界の表音文字がある。他にも意味のわからない図形が大量にあった。
 それらは深く、あるいは浅く板に刻まれていた。そのせいで、目の焦点のあわせかたによって一つの図形が別の図形とつながり合い、様々に見えかたを変えた。更に金属板そのものにうっすらと蔓草の模様が描かれている。その蔓の一つ一つが、近くの図形と呼応してその形に意味を持つようであり、今にも動き出しそうで、しかもその模様は、見る角度によって波の模様に見えたり、あるいは雨、森、湖、様々なイメージを喚起するものだった。
 ヤシロの感情のない眼差しが、図形を一つずつ追っていく。右手に拳銃を握りしめたまま、左手で図形をなぞっていく。
 知覚されていく。
 意味が認識されていく。
 金属板から圧力が放たれた。ケネスはほとんどのけぞりそうになり、後ずさった。
 微かな音がしはじめた。
 金属板が動いている。テーブルから微かに浮き上がり、振動しているのだ。
 そのとき、初めてヤシロがツジムラの目を見た。
「――見捨てて逃げてくださいね」





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