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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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虹よ、契約の虹よ〈13〉

五章 鳩は落ちた(2/2)



 2.

「白夜!」
 明奈は身動きするより早く声を上げた。その張りつめた高い声に、ベンチの周辺にいたすべての人が明奈たちを見た。彼女の腕、もともと上げたままだったのを更にピンと伸ばした腕、更にすらりとした手首、更に天を差して僅かに反る人差し指。そこに集い宿る光を見て、誰もが息をのんだ。怯えて声を漏らす者もいた。
 宮部の低い地声が応じる。
「凍鉄(とうてつ)!」
 宮部は右腕を横に突き出した。伸ばした人差し指の後ろに、先ほどと同じ黒い長い釘が現れ浮いた。一本。二本。後光のように宮部の後ろに広がる。計八本。
 声を殺して走り去る人があり、また叫び声をあげる人がいた。立ち竦んだまま凝視しているのは、何が起きているのか判断できない人たちだ。見せ物か何か……まさか、人間同士の本気の殺し合いが行われるとは思っていない。
 そこへ、誰かが駆け込んできた。
 少女だった。
 長い髪の少女が、宮部と明奈の間に割り込み、腰を落として明奈と対峙した。しかと睨みつける両目は澄んだ青。誰もが見とれる美少女だ。
 ルルエだった。
 明奈は白夜白蓮の白い羽根を宮部に、宮部は見るもおぞましい巨大な釘を明奈に放つところだった。かなめは模造神器を胸に抱き、その黒い鏡面でいつでも宮部の結晶霊体・凍鉄を弾き返す構えだった。
 その三人が動きを止めた。
 風が、女たちの衣服と髪を動かすのみとなった。
 ルルエはドレスと見紛うほど豪華なワンピースを纏っていた。肘までのラッパ袖。踵の真上まである裾。生地は深紅。胸もとも、裾も、袖も、豊かなレースに飾られている。
 だが、足を覆う黒光りするブーツは軍靴だった。両手首、両足首に金の環(わ)がついている。環はルルエの手首ともブーツとも触れあわず、浮いていた。
 これも模造神器だ。
 更に見覚えのある模造神器が彼女の両手にある。二丁拳銃は今のところ明奈にもかなめにも向けられていない。ルルエは両腕を左右にぴんと伸ばし、宮部を庇って立っていた。
 一際強い風が吹き、ウェーブのかかったルルエの髪を持ち上げた。それは一瞬ルルエの目を隠し、再び現した。
「ルルエ」緊張を解かぬまま宮部が問う。「どうしてここに」
「追いかけてきたのよ。逃げたって聞いたから!」
「瀬名君は?」
 苛立ちを込めて吐き捨てるルルエに宮部が質問を重ねるが、彼女が答える前に明奈が怒鳴りつけた。
「どけ、嬢ちゃん! 巻き込むぞ!」
 ついアキヤの声が出た。ルルエはそれでも平然としていた。
「やってごらんなさいよ。覚悟が本気ならできるでしょ?」
 ルルエと宮部を背景に、一人の太った男が大きな足音をたてて逃げ出した。それからちょっとしたパニックが起きた。誰もが誰かを押し退けて、どこへともなく逃げていく。
「ルルエ、彼女は本当にやるわよ」背後の騒ぎをよそに宮部は囁く。その声は明奈にも聞こえた。「彼女は躊躇いがない。呪詛に良心を食わせたのよ」
「明奈」
 かなめが呼びかける。鋭い舌打ちで応じた。迷うつもりはなかった。
 ルルエごと殺す。
 明奈の想いに呼応して、白夜白蓮が翼を全開にした。翼は長い首の上で円を描き、その両端は重なりあわんばかりだった。
 四人はばらばらに動いた。
 明奈の背後に浮かぶ白夜白蓮はルルエもろとも宮部を貫くべく一枚の羽根を放とうとし、その蓮型の花弁より早く明奈を仕留めんと、二本の釘がそれぞれ白夜白蓮と明奈に向けて角度を変えた。かなめがすかさず明奈の前に割り込んで釘に銅鏡を向け、まっすぐ前に向けられたルルエの右手の銃からは、光が撃ち出された。
 拳大ほどの光の粒がばら撒かれ、明奈の体ごと地面を覆う白夜白蓮の影の中へと散らされた。
 明奈は、光が白夜白蓮影を食い散らかしていくのを見た。光が地を弾むごとに、その場所の影が消える。影が穴だらけになっていくのだ。
 白夜白蓮は首を仰け反らせ、甲高い叫び声を放った。舌打ちとともに明奈が通りを指さすと、白夜白蓮は前に突進し、明奈とかなめ、ルルエと宮部の頭上を通り、その動きを追えずまだ浮いたままの凍鉄をもその場に残し、通りを左へと、地面すれすれの高さで滑っていった。
 翼が両端の家々を削り、低い屋根を、窓を、戸を、駒寄せを破壊した。白夜白蓮が通ったあとには木っ端とガラスが残された。明奈はそれを走って追った。白夜白蓮は欅の木立の陰に入ると、大きな体を優雅に転換させて四人を振り向いた。
「明奈!」通りの真ん中でかなめの声を聞いた。「早く殺せ!」
 羽根が一枚放たれる。それは明奈の後ろを通り過ぎ、思わぬほど間近で鉄のぶつかり合う音を立てた。振り向くと、蓮の花弁の羽根が盾となって明奈を守り、釘をくい止めていた。
 その向こうには宮部の姿があった。彼女の右手に光る物を見て、明奈は息をのんだ。ナイフが握られていた。
 考えるより先に体が動いた。明奈は破壊された窓枠の木材をつかみ、振り回して威嚇しながら後ずさる。宮部は攻撃しあぐねていたが、そのまま一緒に欅の木立の影の中に入ってきた。
「宮部さん、どいて! 巻き込んじゃうよ!」
 ルルエが叫んでいる。
 振り回した木材が宮部のナイフに当たり、それを弾き飛ばした。ナイフは砂の上を回転しながら滑っていき、喫茶店の立て看板の脚に当たって止まった。
 途端に宮部の首が飛んだ。
 白い羽毛がきらめき通り過ぎた後、宮部の首が、赤く噴きあがる血の柱に置き換わった。明奈は思わず顔を背けた。宮部の足許に何か落ちた。
 プラチナのネックレスだった。
 それが鳩を模したデザインの物と気付くや、たまらない嫌悪に襲われた。遅れて、何かが喫茶店の屋根に当たって音を立てた。それは屋根を滑り落ち、地面に落ちてきた。髪に覆われた、宮部の首だった。それがごろりと向きを変え、明奈に顔を向ける前に、明奈は目をそらした。
「食え!」
 むしろ自分を奮い立たせるために、明奈は命じた。結晶化したまま残っている宮部の呪詛、釘型の結晶霊体・凍鉄に、白夜白蓮が長い脚を蹴り出す姿勢で滑っていった。すべての釘が白夜白蓮の脚に掴み取られ、地に押さえつけられた。
 白夜白蓮の嘴が釘に迫る。が、食い散らし始めるり早く、身をよじり、翼をばたつかせて嫌がる素振りを見せた。パッ、パッ、と何か軽い物が空を切る音。釘を掴んだまま白夜白蓮が舞い上がった。ルルエが二丁拳銃を空中の白夜白蓮に向けている。白い光が放たれるたびに、あの軽い音がした。
 釘が二本、三本と取り落とされた。
「よせ!」
 明奈はルルエを殺そうと思った。だが、それより早く男が叫んだ。
「よせ、ルルエ! やめさせろ!」
 声の主を探すより、落とされた釘の異変に目が吸い寄せられた。鈍い音を立てて砂の道に落ちたそれは、タールのように蠢き、形を変え、釘であることをやめて、一つの醜い流動体となった。
 その真っ黒い体、ねばつきを感じさせる動作にそぐわぬ素早さで、宙に向かって飛び上がった。
 それは――宿主を失くして解き放たれた呪詛は、石段の先の上の集落に向かって消えていった。

 ※

 ルルエが何らかの操作をすると、白夜白蓮にまとわりついていた光の玉がすべて二つの銃口に吸い込まれていった。ルルエのもとに駆け寄る男が先の声の主らしい。若い男だ。軍事会社関係の制服を着ているわけではないが、その立ち姿とがっしりした体格で、ただの民間人ではないと感じられた。ルルエが何か言った。「ミズアキ」と聞こえたように思う。
 腕まくりした袖から見える両腕は浅黒く日に焼けており、自動小銃を携えている。そのストラップが肩から外れていることから、取り出しばかりなのだろうと思われた。
 首のない宮部の体が、明奈と新手の男の間でゆらゆら揺れていた。それが膝から崩れ落ちた。
 神経質そうな顔立ちの男だった。黒縁の眼鏡の向こうの目は刺すように鋭い。だが、男は明奈に構わず、呪詛の飛び去ったほうに顔を向けた。
 白夜白蓮が舞い降りて、宮部の亡骸を脚で押さえつけた。ルルエと男の姿が見えなくなったことによって、明奈はやっと我に返った。
「何てことしてくれるんだよ! 取りこぼしちゃったじゃないか!」
 宮部が潜んでいた路地へとかなめが駆けこんでいく。その奥に、上の集落に至る長い石段があるのだ。明奈も走り出した。円形に広がる宮部の血のぬかるみを後に残して。
 石段は長かった。息を切らしつつも、途中でばててしまわずにいることを不思議に思う。明奈がかなめに追いついた後、二人はほぼ横並びで階段を上りきった。
 木造の建物が打ち壊される音が、集落の奥のほうから聞こえてきた。通りに人影がないのが不気味だった。
「逃げろ!」
 男がうわずった声で叫んでいる。
「逃げるか、馬鹿!」たたらを踏む音に混じって、別の男が叫び返す。「持ち場を守れ! 死んでも火を絶やすな!」
 その声が聞こえる建物の前を、明奈は駆け抜ける。
 頭上に光が射した。白夜白蓮が追いついたのだ。その翼の音を聞いた。
 ほとんど明奈の右半身をかすめるように、赤と黒の塊が後ろから飛んできた。明奈は思わず足を止めた。膝から力が抜けてつんのめる。飛んできた何かは、二人の行く手のずっと先、通りの真ん中にふわりと舞い降りた。ルルエだ。彼女が地を蹴ると、近くの二階建ての建物の屋根まで飛び上がった。
「装着型重力緩衝装置だ」かなめの言葉で、ルルエの両の手首と足首についていた環を思い出す。「試験段階に入っていたとはね」
 飛び上がったルルエの体が屋根の上に落ちていく。と、空中でくるりと体を捻った。見えないクッションにふわりと体が沈んだかと思うと、片膝をついた姿勢で屋根に着地した。すぐに、破壊音が響く集落の奥へと屋根を走り出す。目をみはるほどの足の速さだった。彼女は通りを隔てた先の向こうの屋根へと優美に飛び移った。そして見えなくなった。巨大な霊鳥だけが、ルルエの早さに追いついていく。
 重なる屋根屋根の向こうから、空中の白夜白蓮に向かって黒い棒状のものが振り上げられた。関節を持つ棒のようなものは、特殊なクレーンのようにも、蜘蛛の脚のようにも見えた。振り下ろされ、薙ぎ払われるそれを、白夜白蓮は長い尾をたなびかせながら右に左に回避する。鳥も蜘蛛の足もルルエも、入り組んだ地区に入り、視界から消えた。追う明奈たちは誰ともすれ違わなかった。みな地下に隠れているか、逃げる気がないかだ。
 いつの間にか、魔害発生を知らせるSランクの警報がうわんうわんと響いていた。
 呪詛が何かを引き寄せたのだろう。
 ルルエが使う二丁拳銃型の模造神器の音が聞こえてきた。明奈の隣の建物の屋根を、黒い蜘蛛の脚が貫通した。それはまっすぐ建物の基礎まで届いたらしく、震動で足の裏が痺れた。
 戦いが行われる広場に到着した。
 架線ゴンドラの乗り場だ。そこで、明奈もかなめも足を止め、しばし立ち尽くした。
 確かにそれは、蜘蛛らしく見えた。釣り鐘型の白い体を持つ蜘蛛。だが違った。白いものは着物で、そこから伸びる幾本もの黒い脚のせいで、蜘蛛に見えたのだ。
 脚の関節は家々より高くに位置しており、屋根の上のルルエ目指して振り上げられている脚の先端には、爪のような三つの棘がついていた。
「白夜! 脚を狙え!」直感に打たれ、明奈は叫んだ。「脚が呪詛だ!」
 広がった白い着物には袖がなく、拘束衣のようだった。腰には帯のように鎖が渡されている。鎖には錆びた守り刀が下げられていた。鞘のないその刀が霊力を失っていることは明らかであった。
 蜘蛛が振り向いた。だが、首があるわけではなかった。台座を回転させたように、腰から上が百八十度向きを変えた。
 白い着物の襟の中に、人の皮膚のようなものが見えた。皮膚にはぽつりと円が開いていた。円は純白の歯で縁取られている。ルルエの銃から撃ち出された光る玉を両脇の脚で捕らえ、その円にせわしなく運んで食べていた。
 振り上げられた一本の脚をかいくぐり、白夜白蓮が飛び上がる。翼をはためかせて滞空し、脚めがけて何枚もの羽根を放った。その脚の関節にいきなり穴が開き、脚の下半分が取れた。ルルエの模造神器が影を食べたのだ。白夜白蓮が急降下した。呪詛を食った光ごと、落ちた脚を貪っている。
 怒り狂う五本の脚が振り上げられ、白い着物を着た胴が仰け反る。明奈は体が浮くような感じを受けた。重力変調で酔いそうだ。次はいきなり体が重くなった。
 雲が形を変え、太陽を覆った。妖魔の影が薄らいだ。ルルエがどうするつもりかを、明奈は観察した。
 五本の脚がルルエがいる一点へと振り下ろされた。土埃が舞い上がり、石礫が飛んだ。だがルルエは両手足の装置の力を借りて、蜘蛛の脚の関節の高さにまで跳んでいた。
 屋根に下りる。
 乱れた髪に構いもせず、二本の腕を敵に向け伸ばした。
 光が放たれた。どちらかの銃口からの光が妖魔の濃い影を地に落とし、もう一つの銃口からの光がその影へと突っ込んでいく。
「鶴だ」
 どちらの光の輪郭も、鶴の姿に似ていた。
 別の角度から青白い光が飛んだ。明奈がいる位置からは死角になっているが、先の男だろう。空中に軌跡を残して飛んだそれは蜘蛛の体に直撃した。煙が下方向に流れていく。蜘蛛の胴が向きを変え、それが凍り付いていることがわかった。
 目の前にルルエが下りてきた。
「あんたたちも働きなさいよ!」
 凍り付いた部分に向けて銃を撃つ。凍り付いた蜘蛛の体が脆くも崩れていく。明奈は唇を尖らせた。
「働いてるじゃない。白夜が」
「あんたが出来もしないことしたせいで――」
 白夜白蓮を払い落とそうと振り回される蜘蛛の脚が、周囲の建物を壊していく。その脚はゴンドラのケーブルを切り、支柱を歪ませた。小さな料金所が崖を転がり落ちていく。轟音の中でもルルエの舌打ちは聞こえた。
「出来もしない? 何のこと?」
「呪詛の回収なんて! できもしないこと無理にしたせいであたしたちが働いてやってんのよ! 感謝しなさいよ!」
「よく言うよ。あんたが余計なことしなければ呪詛が飛び散ることもなかったでしょ?」
 女らしすぎるほど女らしい声で、明奈は嫌みったらしく言い放つ。
「それに、あんたたちの仕事は妖魔の討伐じゃなくて新製品の試用じゃない。仕事の機会ができたんだから、そっちこそ感謝しなさいよ」
 ルルエの右手の中で、拳銃がくるくると回った。肩越しに振り返り、鋭い目線をかなめに向ける。
「あんたはどうして――」かなめはまだ壊れていない建物に寄りかかり、観戦を決め込んでいた。「そんな奴と一緒にいるのよ? 憑依者でもないくせに! いいことしてるつもりなの? 何なの? 馬鹿なの?」
 かなめは親切に答えた。
「いいことをしてるつもりはないよ。個人的な復讐さ」
「復讐?」
「君に教えてもしょうがないさ。ところで、偽体者に人権がないっていうのは本当らしいな」
 ルルエへと蜘蛛の脚が伸び、彼女は飛び上がる。脚は残り二本となっていた。飛び上がった彼女へと、かなめは言葉を続けた。
「その両手足の装置と模造神器と。二種類もの新製品の性能試験を同時にさせるなんてね。人間にする扱いじゃないよ」
 ルルエのワンピースの裾が、着地した先の屋根の雨樋を撫でた。
「何よ! その成果はあんたたち人間が独り占めするくせに」
「誰が独り占めする成果だろうと、そういう仕事しかできないんでしょうが」今度は明奈が言葉を投げつけた。顔を上げ、まっすぐルルエを見上げている。「あんたは製品の試験をしてな、テスターさん。別にそれで誰かを守るつもりなんてないんでしょ?」
「もし守る対象がクロエなら、あたしはあんたを殺してた」
「何それ。言い訳? 宮部を、人間を、あんたが守れなかったことには変わりないでしょう?」明奈は馬鹿にして首を振った。「それにその口振り。やっぱりお仲間を庇いたがってるみたいだね。浪越にはもういないって話の信憑性も怪しいもんだ」
 このとき初めて、ルルエの目に動揺が見えた。
「嘘が下手だね。やっぱり子供だな。それとも頭の出来もお人形さん並みなのか?」
「ルルエ!」
 思いの外近くで男の声がした。重低音と共に新たに光が放たれて、蜘蛛の妖魔の胴体は、氷に覆われた部分が増えていく。
「挑発に乗るな。集中しろ!」
「どっちにしろあんたに私たちは殺せないでしょう」
 明奈は挑発を続けた。
「呪詛を回収できるのは同じ呪詛を持つ人間だけだもの。でも私が皆無神クロエの側にいれば事情は違うってわけだ。クロエなら私の呪詛を回収できるもんね。どう?」
「クロエ、クロエって馴れ馴れしい! クロエのこと知らないくせに!」
「知ってるさ。知ってるよ。あんたの同類だ」苛立ちと興奮に任せて、明奈は言い放った。「軽沢にいたあの木の人形! あんたもクロエもその同類だ! あんたは人間なんかじゃない。あの滑稽で醜い木の人形のほうが、あんたのお仲間なんだよ! 私ら人間じゃなくてね!」
 いきなり半袖のブラウスの袖をかなめに引かれた。かなめは来た道を引き返し、ここから遠ざかろうと目で促した。脚の支えを失った妖魔が胴体を地に叩きつけられる。
 明奈はかなめに導かれて走り出し、距離を稼いでから尋ねた。
「どうしたの」
「火谷の一目(いちもく)衆が来るぞ」走りながらかなめが唾をのむ。「それにしても、よくあそこまで言う気になったもんだな」
「そりゃ言うよ! あいつのせいで面倒なことになったんだ。腹も立つよ!」
「あれは子供だ。私怨でムキになってかかってこられたら厄介だぞ」
 入り組んだ集落の上を縫い、走る内に、聖域に続く長い石段にたどり着いた。妖魔とルルエたちの戦いを見下ろせる位置まで駆け上がると、かなめが言ったものが見えた。
 呪詛と融合しかけていた妖魔は残り一本の脚を振り回してのたうち回っている。と、その残りの脚が、妖魔を見捨てて離脱した。再び薄雲が青空を覆っていく中、北へと逃げ去っていく。
 後に妖魔本体が残された。そこへ、火谷の神職、火谷の職人、火谷を代表する男たちが、守り刀を振りかざして殺到し、妖魔をなます切りにしていく。
 あと三人。
 明奈の頭上へと、一瞬で白夜白蓮が戻ってきた。あと三人だ。逃げた呪詛さえ回収すれば。
 皆無神クロエ。
 九州の相沢序峰。
 そして、日野晶……。
 一目衆の戦い手も高齢化しているようだが、移動手段を失い弱った妖魔相手には彼らで十分そうだった。明奈は白夜白蓮の首から垂れる綱を掴む。鞍にまたがると、すぐにかなめも上がってきた。二人を乗せて鳥は舞い上がった。呪詛を追い、北へ。
 ルルエともう一人の男も撤収したらしい。空から二人の姿はもう見えなかった。
「ミズアキ」その二人は森に身を隠し、走っていた。「ミズアキ!」
 木の根に足を取られ、ルルエが転倒した。ワンピースがめくれ上がり、膝を擦りむいた。
 瀬名水映(みずあき)は物音で相棒の転倒を悟り、立ち止まり、振り向いた。
「早く来い」顔を伏せたままのルルエに、「泣くな!」
 ルルエはまだ泣いていなかったが、泣く直前であった。
「浪越に行くぞ、辞令通りに」
 誰も追ってくる者がいないと見るや、大股でルルエのもとに戻っていく。
「そこで同心社の奴らと落ち合うんだ――ルルエ!」
 座り込むルルエの腕をつかみ、立ち上がらせる。ワンピースは土や枯れ葉で汚れていた。
 水映は優しい声は出さなかった。だが厳しくすることもなく、ただ言い聞かせた。
「悔しい気持ちは浪越まで持っていけ」
 顔を伏せたままルルエが頷くと、涙が一しずく、土に落ちて消えた。





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