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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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虹よ、契約の虹よ〈11〉

四章 地に偽りの光満ち(2/2)



 2.

 パジェット、乙葉、井田の三人は、十五分立ちっぱなしだった。十畳ほどの部屋は、奥に鉄製の事務机があるだけで、パイプ椅子にふんぞり返って足を組む溝口は、机の上の白電話にかかりきりだった。
「うん、だからそういうわけでさあ。えっ? ……えっ? 知らないよそんなこと。そっちで何とかしてくださいよ」
 七十手前の男がねっとりと甘ったるい声を出している様は気持ちが悪くて仕方がない。溝口は椅子を鳴らしてへらへら笑った後、足を組み替えた。
「えっ? だってそういう契約でしょ? ……いやいや、今更そんな……今更そんなさあ……いや、それはあっちのワガママでしょ。どうして説得してくれないの」
 部屋の右奥には、事務室に繋がるセキュリティドアがあった。緊迫した電話の声や小走りに動き回る音、書類をめくる音が聞こえてくるが、誰もこのエリアマネージャーの部屋に入ってこない。
 溝口は陰湿な男だ。六十歳までは聖務省に勤める役人だった。引退後は両国グループの幹部の席に天下ったものの、模造神器採用試験にあたる収賄容疑やセクハラ疑惑が重なり、両国同心社の九州支社にまで飛ばされた。
「そう……そう。じゃあ、頼みますよぉ? そういう交渉は、こっちは専門外なんですからぁ。頼りにしてますからね、へらへら」
 電話をし、終わったと思うと、受話器を置かずに次のダイヤルを回す。それを続けて十五分。十五分のうち十分は、目をパジェットたち三人に向けていた。三人は身じろぎ一つせずにいた。凝視する溝口の目は笑っていなかった。
 その電話が終わるとようやく受話器を置いた。大仰に足をおろし、呼びつけた三人に声をかけず、両腕を椅子の肘掛けの外にだらしなく垂らすと全身の力を抜き、はー、とだらしなく息をついた。
 時刻は二十二時四十分。事務室の電話は鳴りやまない。
「やっと帰れそうだよ。船会社が駄々こねちゃってさあ。使わせてくれる港がないんだって。一旦最初の契約を破棄して自分とこの金で使用料を払えだってさ……あーあ、困るよねえ」
 何か噛んでいるわけでもないのにくちゃっ、くちゃっと口を鳴らす。それから深く椅子に沈めた体をゆっくり起こし、ところどころ赤錆びた机の上で指を組んだ。
 三人はぼうっとしていた。精神的な疲労がひどかった。報告書を先ほど書き終えたばかりなのだ。シャワーも浴びていない。制服は着たきりで汗くさく、土や草の汁がついている。
 癖なのだろう、くちゃくちゃ口を鳴らしながら、無言で「喋れ」と促している。パジェットが唇を開くと、二つ左隣に立つ伊田が鋭く息を吸い込んだ。
 何か余計なことを言う気だと思った。その通りだった。
「エリアマネージャー。それは九州の人たちの気持ちを考えれば当たり前のことではありませんか?」
 パジェットは舌打ちしたかった。鋭い目線を送るが井田は無視している。溝口が口を鳴らすのをやめた。再び椅子に身を沈めて腕組みする。かと思うと、また身を乗り出して、机の上で指を組む。その動作が一つ行われる度に井田が緊張するのが伝わってくる。
「当たり前? どうして」
「我々が九州に上陸したとき、行く先々の町が諸手をあげて歓迎してくれました。それなのに私たちは戦うどころか手を差し伸べることさえしなかった。契約を反故(ほご)にされたと感じているのは我々ではなく彼らのほうです」
 意図のわからぬ笑みを浮かべたまま、溝口は髭のない顎を撫でた。
「沢木君、沢木君。君は勘違いをしているけどね」
「井田です。沢木は亡くなりました」
「おや」手の動きが止まった。「沢木君はどうしたの。トラックの奥のほうに座ってたの?」
 このときパジェットの心の中で、薄々感じていたことが確信に変わった。
 この男はソシオパスだ。
「はい」
「あら、そう。それはかわいそうだったねえ。それでも井田君は幸運だったねえ。考えてごらん。十二人いて、生き残ったのは三人――」
「四人です」井田の声が荒くなっていく。
「柿崎がいますよ」
 パジェットが取りなすように口を開くと、
「そうだったね、そうだったね、柿崎君がいたね。柿崎君のことならよく知っているよ、ほら……男の子っぽい子だろう」若い女のことならこいつはよく知っている。「まあ、僕は女の子らしい女の子のほうが好きなんだけどねえ……かわいそうにねえ……怪我したんだってねえ。思い出した、思い出した」
 井田が何かを言いかける。
「井田」今度は遮ることにした。「黙ってろ」
「まあ、とにかく井田くん。あのね。私たちを雇ったのは九州の人たちじゃないんだよ。え? 九州の自治体じゃないの。国なんだよ。わかる?」
「それはわかっています。ですが、せめて……武力行使が許されなくても、人命救助くらい……」
「あのね」
 子供に言い聞かせる口調だが、有無を言わせぬものがある。
「例の教祖にとって、九州の人たちは敵なんだよ。わかるね? 教祖は九州全域が欲しくて、現地の人はみんなそれを拒んでるんだから」
 井田は返事をしない。
「どうだろうね? 敵を助ける者がいたら、それもまた敵なんじゃないかな?」
 構わずに、溝口は続けた。
「つまりだね。私たちが教祖に目を付けられたらだね。本社を狙いに来ることになるんだね。本社はね、東都にあるんだね。東都には、私たちの雇い主だった政府があるんだね。言ってることわかる?」
 パジェットも、間に入ろうと思わなかった。もうシャワーはいいから、部屋に戻って寝たかった。
 溝口は怖い。
 パジェットは聖務防衛軍時代から戦場をくぐり抜けてきた。殺意は知っている。悪意も知っている。
 だが、この男の心にある恐怖の源泉はそういうものではない。純粋な悪意。純粋な悪。それに心を食われたら、こういう顔になるのだろう。溝口の顔はどす黒い。肌の色や顔色の話ではなく、見た瞬間に危機感を覚える気配があるのだ。
「井田君。もし君の目の前に倒れている人がいて……瓦礫に足を挟まれたとかでもいい……そういう人がいても……今後も服務規程を守れるね?」
 井田は直立したまま口をつぐみ続けている。大した度胸だ。
「君は年はいくつだね?」
「二十一歳です」
「もし裁判になったら、長い裁判になるね」
 その言葉の意味がすぐにはわからなかったのだろう。井田の目が泳ぐ。
「政府に反逆したということになるか……まして東都に甚大な被害が出たら。ああ、恐ろしいねえ。政府との裁判。我が社との裁判。東都との裁判」大仰に両腕を広げた。「二十年……いや、四十年……。君がこれまで生きてきたのの倍の時間が、きっと裁判に費やされるわけだ。四十年後と言ったら君は六十歳過ぎ。普通だったらその間にいろんなことができる。いろんなことだ。それが全部、大体二十歳から六十歳までぜーんぶ裁判」
 乾いた声で笑い始めた。
「折角、折角、社が社員を守るための規約を破ったがために、人生の旬の季節が全部裁判だ。どうかね。井田君。そんな人生を送る覚悟があるのかね」
 そして、パジェットを見た。
「長谷部君」
「はい」
「どうかね。もしそうなったら君は法廷で後輩を庇うかね」
 パジェットは沈黙した。それが返事だ。
「そうでしょうとも」
 井田が、ゆっくりゆっくり目を動かして、横目でぎらつく視線を送ってくる。
 溝口は満足したようだ。
「奥さんもそうでしょ?」
 内側からの光がない溝口の目、ただ古い蛍光灯の光を虚しく照り返すだけの目が、二人の男に挟まれて立つ小柄な乙葉に注がれた。
「巻き込まれたくないでしょう。ねえ。夫婦生活にストレスは少ないほうがいい。将来元気な赤ちゃんを産みたいならねぇ」
「黙れ」パジェットは静かに威嚇した。「殺すぞ」
 どの程度本気で言っているのかを相手が理解できるまで、黙った。
 長い沈黙となった。
「……まあ」理解が及んだらしい。沈黙を破ったのは溝口だった。「時代は変わりましたね。女性の振るまいかたも変わったし、上司に対する部下の振るまいかたも変わったということでしょう。はは、私のような古い人間は戸惑うことばかりです」
「私は昔を知りませんが、エリアマネージャーの時代はさぞ平和だったのでしょうね」
「どうしてそう思うの?」
「悠長に話している時間が随分あったようですので」
 にこやかに睨みつけてくるその視線を受け止めながら、パジェットは軽い口調で付け足した。
「エリアマネージャー、我々はまだこの部屋に呼ばれた用件を伺っておりません」
 もうこのようなことは言うまいと、パジェットは胸に決めた。用件さえ聞ければいい。そして九州さえ出られれば、この男ともおさらばだ。それまでの辛抱だ。
「こっちにいらっしゃい」
 三人が溝口の机へと歩み寄る間に、溝口はクリアファイルを三冊取り出した。ファイルには書類が何枚か挟まれており、左肩で留めてあるのが見えた。溝口はそれを机に伏せて置いた。
「君たちの次の任地だがね」
「はい」
 休む間は与えられぬらしい。
「浪越三市で決まったよ」
 パジェットは眉を片方ぴくりと動かした。
「本社の意向としては、君たちを休ませてあげたいらしいけど、査定も近いからね。だが私の聞いた話では休暇と大して変わらんような簡単な任務だ。任務と呼ぶほどのことでもない。浪越でゆっくり休めということじゃないかな」
「聞かせてください」
「その書類見て」
 パジェットはクリアファイルを三冊とも取り上げると、井田と乙葉にも渡した。
 ひっくり返すと、いきなり少女の顔があった。
 警護の仕事だ、とその時点でわかった。
 つまりこの男は重要な機密を紙に印刷してしまったわけだ。本来仕事の説明に使われるべきパソコンは、机の隅で埃をかぶっている。印刷してしまった以上これはコストをかけて厳重に保管されなければならないのだが、そういうことは考えないのだろうか。それ以前に、何でも紙になっていなければ仕事ができない世代の人間が大企業の椅子にいつまでもしがみついている現状が問題なのだが。
 コピー紙の右下には両国同心社のロゴが入っていた。平和、という漢字をイラストにしたもので、キャッチフレーズが下にある。
『日本から世界へ』
 このざまで何が『世界へ』だ。
「プロフィールに書いてある通り、浪越に住む平凡な女子高生だ。君たちには彼女を監視してほしい」
「監視でございますか」
 確かに平凡な女の子だ。画像は学生証から引っ張ってきたのだろう。セーラー服の大きな襟が見える。前髪を短く切ったおさげの女の子だ。緊張した顔で写っている。なかなかの美少女だ。ふんわりした印象の、優し気な子だ。現住所は清佳大学付属高校とやらの寮。
 名前は日野晶。
 十七歳。
 特記事項には、『憑依者』と記述される。
「憑依者は七人」
 溝口が立ち上がった。
「一人は東都の霊能研究所に身を寄せていたのだが、それが脱走した」
 ごそごそと足を動かしているのは、靴を履いているのだろう。
「そして、二人が殺された」
「殺された?」
「一人は灰田瑞樹さんという女子大生でね。かわいそうにね。この事件は通り魔の仕業ということになっていてね」話す間も、にやにや笑いは健在だ。「もう一人は大野よしみさんという。主婦の方だ。二人の子供を残して」
 心臓が痛いほど収縮し、パジェットは思わず溝口の不快な顔を凝視した。
「ははは。かわいそう、かわいそう」
「憑依者を狙った犯行だというのなら、犯人の目星はついているのですね?」
「彼女の姉」
 平静を装って尋ねれば、溝口はファイルを指さした。
「日野明奈という子でね。それがどうも呪詛から逃れようとして女性の性を捨ててしまったらしい。それが無駄だったということで、いやあ、実にもったいない」
「その日野明奈――」
「今は日野アキヤというそうだよ」
「日野アキヤは必ず妹の日野晶に接触すると。それで待ち構えろということでしょうかね」
「察しのいいことで助かりますよ」
 話を聞きながら、霊能研究所を脱走した、という言葉についてパジェットは考えていた。未知の力を持った憑依者を収容・研究できるほどの研究所であれば、ミツバグループの傘下であるミツバ霊能研究所に違いあるまい。かの〈偽体者〉を開発し、その特許をミツバ生化学産業社がすぐに買い取った。世に知られる通り偽体者は自主回収の上処分された。
 だがそれでは終わらなかった。
 ミツバ生化学産業社が、一部の偽体者を悪魔崇拝を行う海外の組織に生贄として販売していたことが海外の新聞社にリークされたのだ。
 この件は日本では報道されていないし、自由に国外のインターネットに接続できる人間は限られている。だが噂は随分広まった。黒幕は霊能研究所からの天下り社員だということで、パジェットは件の研究所に良い印象を抱いていない。
「詳細は、追ってデータを送ります」
 インターネット接続機能のある、企業用の電話端末を持っている。そこに送られる情報を待つほうが、この男から聞くよりいいだろう。
「あ、そうそう。浪越にはもう一人『憑依者』がいましてね。一枚めくってください」
 言われるがままに紙をめくる。だがそこにあったのは、明らかに憑依者ではない男の顔写真だった。
 射るような細い目をした、色黒の若い男だ。
「我が社からミツバ生化学産業社に派遣している新開発模造神器試用員です。もう一人の憑依者をめぐり、彼とは浪越で会うことになるでしょう」
 瀬名という男だ。上が瀬名、下が水映(みずあき)。二十五歳。新開発模造神器のテスター。
「わかりました。詳しい指示を待ちます。ところでエリアマネージャー、浪越まではどうやって」
「船で四国に渡ってもらいます。そこから空路で浪越に向かってください。柿崎君には、体調が戻り次第合流してもらいましょう。また、この件には君たちのチームマメージャーも一緒に行ってもらうよ。こっちでの事後処理が終わり次第ということになるがね」
 事後処理が永遠に続きやがれとパジェットは呪った。あんな女は来なくていい。
「承知しました」
「井田君」
 口先ばかり笑いながら、溝口はまたも自分の顎を撫で始めた。
「九州のことは心配しなくていいよ。日本の神々が守ってくださるからねぇ」
 その猫撫で声に、井田は黙って耐えていた。





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