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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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虹よ、契約の虹よ〈6〉

二章 白夜の君(3/3)



 3.

 午後九時二十分。それでも金曜日の繁華街の夜はまだ浅い。
「だから言ったじゃん! ミズアキは慎重すぎるんだよ。そのせいでまた後手(ごて)に回った」
 少女の黄色い声が響きわたるが、都市の喧噪にあって特に誰の気を引くものでもない。少女の声に、緊迫した男の声が応じるが、低く抑えられているせいで、少女以外の誰にも聞き取れなかった。
 この二、三年の間に、軽沢地下市も様相が変わった。
 階層都市と呼ばれるこのような大都市では、十分な自然光が得られる地上四十五メートル以上が地上市、それより下が地下市とされている。九十年前に定められた国民保護法により、人間と町の機能が一カ所に密集するようになったがための施策だ。限られた面積に人が集まるには、あらゆる建築物を縦長にするしかない。地上市と地下市の間の貧富の差は大きく、地下市は長い間地上市に軽んじられてきた。かつては地上市の人間が平然と地下市の住居にゴミを投げ落としたりしていたのだが、そのようなモラルの低下が全国的に問題視されるようになると、地上・地下を明確に分断する都市政策のありかたから見直されるようになった。
 今では地上市と地下市をつなぐ道も増え、境界となる地上十五階と十六階を結ぶ階段のある建物も多い。無線ゴンドラは地上・地下の分け隔てなく行き交い、両市の行き来は心理的にも物理的にもずっと容易になった。
 だが、地上市のネオンを浴びてひっそり佇む賭場、風俗店、異様な性癖を満たす店、そういう入るところを人に見られたくないような店は、やはり地下市に多かった。
 両市の格差は是正されるどころか、地下市の治安と風紀の悪化によってますます広がったと評価する向きもある。麻薬密売人たちが楽園の蛇のように徘徊し、不法滞在の女たちが安値で取り引きされる無法の坩堝(るつぼ)、少女の声が聞こえるのは、そこよりいくらかマシな区画だ。地下市から地上市へと貫くチョウジヤデパートビルは、九時の閉店時刻を過ぎて窓の明かりが消されている。その西館と東館の間の道の暗がりから声は続いていた。
「そんなこと言ったってさあ。ホントにここ通るかだってわかんないじゃん。ミズアキだって――」
「静かにしろ!」
 男の声が制する。
 人混みをかき分けて、東館の前の道を通ったアキヤとかなめが西館のほうへ過ぎていく。二人はチョウジヤデパートビルに沿って道を曲がり、進み、ガラスの自動ドアの向こうから青い店内照明が漏れるバーに入っていく。看板にはこうあった。
『Cybernetics Lovers』
 そこは、現代の偽体者たちが接客を勤める店だった。近未来をコンセプトにしているそうだが、その近未来観は四十年前の海外の三流SF小説と大差ないもので、そのせいでむしろどこか古くささと哀愁を感じさせる雰囲気がある。
 現代の偽体者の体は木製だ。身長は百七十センチで統一されており、男も女もない。顔には瞼も唇もなく、プラスチック製の歯と目玉がむき出しになっている。アキヤとかなめを出迎えたのは、ピンクのエプロンをまとい、黄色い髪のかつらを被った偽体者だった。木の関節を軋ませながらぎくしゃくとお辞儀をし、後ろを向いて店の奥へと案内する。背中は開いており、重力管が剥き出しになっていた。祈祷によって動力に変換された重力が、この偽体者を動かしているのだ。
 パーテーションで区切られたテーブル席に案内された。合成皮革のソファに腰掛けるアキヤの動作は乱暴で、この偽体者のようにぎこちなく、表情も目を見開いたまま硬直していた。が、注文は通した。
「黒ビール二つ」
 歯も眼球も剥き出しの偽体者が、一秒間に十五回くらいの早さで頷きまくる。ツインテールにした黄色い髪が激しく乱れる。偽体者はそのまま四十五度体の向きを変えると、木の体をぎいぎい言わせながら厨房へ向かっていった。
「油をさしてやりたいな」
 かなめが言うのに対しても、アキヤは返事をしなかった。恐怖が後から遅れてくるたちなのだ。軽口を叩きながら大野よしみを殺害したのと同一人物とは思えないほど緊張している。今にも震え出しそうだ。灰田瑞樹を殺した後もこうだった。
 黒ビールが届くと、アキヤはそれを一気にグラス半分ほど飲んだ。口に付いた泡を、そのまま手の甲でぬぐった。
「やったな」
 と、かなめが宥める。返事はこうだった。
「やれてない」
「宮部の件はしょうがない。逃げられることも想定していただろう」
 アキヤは黙り込んだ。
 予定では、今夜の標的は二人だった。
 一人は大野よしみ。もう一人は最年長の憑依者、証券会社に勤める独身の宮部まきだった。大野は軽沢市郊外に、宮部は軽沢地上市に居を構えている。
 大野の呪詛を白夜白蓮に吸収させてすぐ、アキヤは軽沢地上市に引き返した。宮部が住む高層マンションに向かったが、窓にはカーテンが引かれ、その向こうに明かりはなかった。駐車場に車もなかった。宮部まきには夜遅くまで外出する習慣はないという。念のため職場にも行ってみたが、すべての窓に明かりがなく、人が残業している気配はなかった。
 家に逃げ帰った大野の子供たちが、対策室に通報したのだろう。そして対策室から近くに住む宮部にも連絡がいった。
「逃げられた」
 口調には悔しさが滲んでいる。
「外出していたのかもしれない。後で見に行くか?」
「いいや。逃げた」
「何故わかる」
「気配だよ。気配でわかる。呪詛には呪詛がわかるんだ」
 黒ビールに口をつけぬままのかなめの眉が、それを聞き、ぴくりと動いた。
「わかるんだよ……」
 すると、誰かがテーブルの横に立った。店員ではない。軋む音がしない。そちらを見た。
 少女だった。
 それも、これまで見たことがないほど容姿の整った、驚くべき美少女だった。
 十四、五歳といったところだろう。酔客の狂騒渦巻く中にいて、静寂をまとい立っている。青いライトのせいもあり、海の底に立っているような、神秘的な雰囲気さえあった。特に力むでもなく、くつろぐ様子もなく、ワンピースから伸びるすらりとした足で立っている。両手は背中に回している。ワンピースとサンダルの色は、恐らく紺だろう。長い黒髪は豊かに波打ち、幾筋かが胸に垂れている。垂れた前髪、ぱっちり開いた大きな両目はともすれば幼稚な印象を与えがちだが、閉じた唇の冷たさが全体を引き締めていた。視線は涼しげで、だが、誤魔化しようのない興味を持ってアキヤに注がれていた。
 少女はいきなりかなめの横に座った。
「満席なの。相席していいよね」
 豊かなフリルのついたワンピースが衣擦れの音を立てた。
 偽体者の店員は注文を取りに来ない。
 アキヤは黙って残りの黒ビールをあおった。
 黙り続けた。
 だが、向かいに座る少女の視線から逃れられないことをやがて悟り、諦めて口を開いた。
「見たとこ中学生くらいのお嬢ちゃんが、こんな時間にこんなところで何をやってるんだ?」
「詮索されたくないのはお互いさまでしょう?」
 少女はニコリともせず小首をかしげた。目の色は、黒ではない。白色光がないのでわからないが、明るい色の目をしている。
「ボタンを押してよ。飲み物を頼みたいな」
 アキヤは無視して立ち上がる。
「出よう」
 さて、隣に少女に座られて出口を塞がれたかなめは、そういうわけにいかなかった。かなめは嫌な顔一つもせず、少女に語りかけた。
「悪いね。私の連れは気が立ってるんだ。ちょっと通してもらってもいいかな」
 それに対する返事はこうだった。
「そりゃ気も立ってることでしょうね。お姉さんたち、人を殺してきたんだもの」
 アキヤはぼうっとした顔で、少女を見下ろした。
「ああ」そして、「うん」
 テーブルを迂回し、パーテーションにつけられたカーテンを内側から閉めた。
 そして、少女の二の腕に向かって乱暴に手を伸ばした。
 その手首を少女の華奢な手がつかみ、止めた。
 アキヤの指は彼女に触れる直前で止まっていた。ふたりはそのまま硬直する。
 沈黙を少女が破った。
「ホンモノの偽体者の身体能力を甘く見ないほうがいいわよ」驚くべき力だった。「人は見かけによらないの。って、あたし人じゃないけど」
「偽体者、ねえ」
 少女が手を放した。
「生きている偽体者を見るのははじめて?」
「あんた誰だ?」
「ただのかわいい女の子」
「名前は?」
「ルルエ。偽体者の塔上ルルエ。高い塔の塔、上下の上、ルルエはカタカナでル、ル、エ」視線はアキヤに定められたままだった。「座れば?」
 アキヤは座らなかった。
「皆無神クロエ以外に生き残りの偽体者がいたとは驚きだ」かなめは平然としている。「座りな、食べるものを頼もう」
「頼まねーし座らねーよ! 喉通るかっての。お嬢ちゃん」
「ル、ル、エ」
「あんた、ただのかわいい女の子にしちゃ知らなくていいことよく知ってるじゃねえか」
「生き残った偽体者は有効に活用されてるのよ。必要な情報は与えられるし、あなたのことだって知ってる」
「オレたちにどういう要件だ?」
「その皆無神クロエの件」
「かなめ」アキヤはルルエを見るのをやめた。「テーブルくぐって、こっち側から出て来いよ」
「出て行ってどこに行く気か知らないけど、皆無神クロエはもう浪越(なみこし)市にいないわよ」
 視線をルルエに戻さざるを得なくなった。涼しい顔の彼女と反対に、アキヤの目は鋭くなっていく。ルルエは続けた。
「あなたが生体研究所から逃げ出したときのデータはもう古いの」
「……それで、何だ? 今どこに住んでるか教えてくれるって?」
「ううん」ルルエは首を横に振る。「そうじゃない。あたしを連れてってほしいの。あたしが皆無神クロエを探す手伝いをしてほしいのよ。逆に言うと、お姉さんたちが皆無神クロエを探す手伝いをあたしもするってこと」
「何のために。どうせ見つけ出した途端、同胞に味方してオレたちを殺すって算段だろ?」
「逆。あたしが皆無神クロエを捕獲する。もし殺さなければならなくなったら、クロエに憑依している呪詛は、お姉さんが食べてしまえばいい」
「何故捕獲する?」
「彼女が、野放しになっている偽体者だから」
「野放し? 監察員がいるはずだ」
「捨てて逃げた。どこかに行っちゃった。彼女は野放し。だから、治安維持法が定める特定異分子排除の条項に従い、彼女を世から隔離する。でも呪詛があるから殺すわけにいかない。生け捕りにしなきゃいけないの」
「どういう権限で?」
「これ、模造神器」
 いきなりワンピースの裾をたくし上げた。
 青い光に染まる両の太腿に、黒いベルトが食い込んでいた。少女はそれを両手で抜き、見せた。二丁拳銃だ。グリップがカートリッジになっており、片方には水が、もう片方には土が詰まっていた。
 確かに銃型の神器だ。彼女が言う通り模造神器なのだろう。
「試作品。どこにも出回っていない。私が持ってるものの他は、製造元にしかない。これをあたしに渡せる企業が噛んでるっていったら、大体察しがつくかしら」
「ミツバ生化学産業か」アキヤはため息をついた。「あんたを作り出し、あんた方をまとめて殺そうとした企業に、まだ従うっていうのか? ましてあんたの同胞を捕獲するって?」
「お姉さんなんか、自分と同じ憑依者を殺そうとしてるじゃない」
 アキヤは軽く肩をすくめ、無関心を装いながら聞いているかなめに尋ねてみた。
「どう思う?」
「偽体者が偽体者を狩るのと、憑依者が憑依者を狩るのでは事情が違うね。私たちは政府や公安の依頼を受けて憑依者を狩ってるわけじゃないし、失敗したときのリスクを考えれば、むしろ公の組織こそ私たちを狩る。でもまあ、決めるのは君だ。私はお勧めしないがね」
「そういうこと」アキヤはその返事に満足した。「お嬢ちゃん、あんたとは組まないよ」
 かなめが立ち上がる。
 今度はルルエも場所を譲った。
「連絡を取る方法を教えるわ」
 ルルエが言うにも関わらず、アキヤは背を向けた。カーテンを払う。
「皆無神クロエが捕獲されたら、あなた、目的を果たせなくなっちゃうよ。あなたの手の届かない場所に行って、全ての努力が無駄になる」
「バイバイ」
 アキヤはかなめを後ろに連れて、パーテーションを出た。





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