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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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虹よ、契約の虹よ〈4〉

二章 白夜の君(1/3)



 1.

 軽沢地上市全域が、巨大な籠目の紋様に守られている。六芒星とも呼ばれるその紋様を描くように、聖務防衛軍祈祷部隊の巡回路、略して祈送管(きそうかん)と呼ばれるパイプが、軽沢市全体に淡い緑の光を放ちながら走っているからだ。祈送管の内部は聖務防衛軍の軍用道路となっており、その籠目模様の中央、すなわち軽沢市の中央には、素戔男尊(すさのおのみこと)を主神として奉じる軽沢神宮の鎮守の森が、緑の布を丸く広げたように鬱蒼と茂っている。
 神宮の北はオフィス街、南西は問屋街、南東は工業地帯。各地区の中央には、聖務省の地方分室が入るオフィスビル、市庁舎、警察本部が配置され、それらの建物を貫通して、有料螺旋道路(ループ)が張り巡らされている。ループはあたかも、聖域たる神宮を守る円陣、または、聖域に封じられたものを更に閉じこめる円い牢獄のようである。
 ループは軽沢市庁舎の三十五階、地上市として数えた場合には二十階にある公用道路第一エントランスを起点としている。そこから聖務省オフィスビルの三十階、警察本部の二十五階を経て、軽沢市庁舎二十階の公用道路第二エントランスに戻り、再び緩やかな下方向への螺旋を描いて聖務省オフィスビルへ伸びていく。
 地上市から地下市にかけて螺旋を描くこの有料道路の外側に目をやれば、神宮の北西、北東、南に広がる市街地を結ぶ二層構造の空中環状道路(リング)と、双子都市である砌沢(みぎりざわ)市の街並みを、遠く見渡すことができる。
 ループとリングの合間には、五年ほど前まで運用されていたゴンドラの架線が張り巡らされたままで、その間を、光を放つ華やかな無線ゴンドラが行き来している。屋根に鬼瓦をいただき、その下に重力管を内蔵した市交通局のゴンドラばかりではない。浮遊居酒屋のゴンドラからは、酔っ払いたちの笑い声が絶えない。
 それが、軽沢地上市の中心地を象徴するチョウジヤデパートビルの屋上から見える全ての光だった。
 チョウジヤデパートの屋上は、ゴンドラから撒き散らされたチラシや、割れた風船で汚れきっていた。繰り返し雨に濡れたインドカレー屋の割引のチラシが、印刷されたかのごとく配管に貼りつき一体化している。稼働している空調の室外機はゴンドラから投げ込まれたゴミ袋や空き缶で半ば埋まり、梅雨の湿気と相俟って、得も言われぬ深いな臭気を漂わせている。
 屋上を這う配管を、古いスニーカーを履いた足が跨ぐ。
『一体いつまでこんな馬鹿なことを続けてられるんでしょうねえ!』
 その足は、屋上の柵の手前まで来て止まった。そこからは、ラジオ局の放送室が放つ白い光が見下ろせた。生放送の番組はそのまま屋外に放送され、放送室を見通せる外のテラスには、出演者のファンの女たちが群がっている。
 若い男性出演者の声は挑発的だ。
『今この神政国に、果たしてどれほどまともな宗教が残っているというのでしょうか』
 ブーツを履いた二人目の人物の足が、一人目の後を追い、へこんだ銀色の配管を跨いだ。
『仏教とキリスト教は、カルトやいかがわしい新興宗教の温床になっている! その他のよそから入ってきた宗教は、怪しい儀式やら何やらで、近所迷惑になってますよねぇ!』
 二人の足が、ラジオ局を見下ろす形で屋上の縁に並んだ。
『それでは我が国古来の国教である神道はどうでしょう? まったく目も当てられない状況だ! 今では差別主義者、国粋主義社の温床でしかない!』
 放送室の外に、黒服の男たちの一団がやって来た。三十人ほどだ。
『時代は変わっているんですよ!』
 出演者は力説を続けており、スピーカーからは彼の思想が垂れ流されるままになっている。
 屋上に立つ人物が、とん、とん、と爪先で軽く屋上を打った。足の主は、少年のような声で言った。
「無神論者かな?」
「だろうね」答えるのは、成熟した女の声。「宗教が腐敗してるのは同感だ。だが無神論者が何だ? 奴らは環境と社会を破壊する」
「社会を破壊」先の声が鼻で笑う。「オレらがそれを言うかって話なんだけど?」
 そのとき、女どもが甲高い声で騒ぎ始めた。黒服の一団が女たちを押し退けて、ガラス張りの放送室の前に陣取り、そのガラスをバットで殴りつけ始めた。
 ラジオは挑発を続ける。
『さて、リスナーの皆様には外のこの騒動が聞こえておりますでしょうか!』
 強化ガラスらしい。窓は白くひび割れるが、砕け散る気配はなかった。誰かが呼んだらしい。警察の一団が駆けつけて、黒服の男たちと小競り合いを始めた。
 屋上の女は、やっと答えた。
「ごもっともだ」
 局の前に架けられた橋の上に、列車がやって来る。それは屋上の二人の顔を照らした。
 刻みつけられた陰影によって、女のほうは声の印象よりも年をとっていることがわかる。肩の下まで伸ばした髪は落ち着いた色合いの茶に染めており、大きな目にも、引き締まった口許にも、意志の強さと切れるような頭の良さを漂わせている。
 もう一人は、その女よりもいくらか背が低かった。痩せ型で、顔を見ても、男とも女ともわからない。男と呼ぶには美しく、女と呼ぶには粗野だった。完璧なまでに中性的だった。
 列車が通り過ぎ、二人の顔は再び闇に紛れた。
「行こう」女が囁いた。「夜が明けてしまうよ」
「そんなに長くかかりはしないさ」
「長くかからなくたって、把握している彼女の帰宅予定時間に間に合わなくなる」
 少年じみた声が応じた。だがもう子供ではないと、身にまとう雰囲気でわかる。
「せっかちなおばさん」
「行くよ、アキヤ。今なら誰も見ていない」
 女は相手の物言いに苛立つふうでもなかった。
 肩掛け鞄を右手で開け、両手を差し入れる。中から一枚の銅鏡を取り出した。黒い鏡面は、黒服の国粋主義者の一団と警官の乱闘を写している。
 アキヤと呼ばれた青年が右手を高く伸ばした。ぴんと張った五本の指がまっすぐ夜空を指す。
 鞍嗣八年七月一日、金曜日。午後八時。繁華街の夜はまだ始まってさえいない。
「来い」青年が声を張り上げる。「白夜白蓮(びゃくやびゃくれん)!」
 配管で覆われたコンクリートの屋上から、鋭い風が吹きあがった。それは塵をまき散らし、チラシを巻き上げた。柱となって青年の髪と衣服を持ち上げて、直後、鳥の形を取った。
 もう一人の女は立ちはだかるように、鏡を屋上の向こうに向けている。
 風がやんだ。
 現れた鳥は白く、巨大だった。形は白鳥にも似ているが、水掻きのない足には鋭い爪がある。長い首を仰け反らせて嘴を夜に向ければ、その体高はアキヤの倍以上もあった。翼を広げれば、その長さは十メートルほど。そして、全身を虹色の輝きに覆われており、身震いすれば光が散る。その色合いは緑、青、藍から紫、それから赤へと移り変わり、さながらオーロラを衣服として身にまとっているかのようだった。
 鳥に羽毛はなかった。その体を形作るのは、蓮の花弁だった。そしてそれは幻覚ではなく、確かに実体を持っていた。
 カンの鋭い者が何人かいて、通過する列車や放送局の前、あるいは飲食店やオフィスの窓などから、チョウジヤデパートの上に目を向けた。だが彼らは一人として、まばゆいばかりの霊鳥を見なかった。それは銅鏡が拡散する都市の光と闇に隠れ、誰にもその向こうが見えなかったのだ。
 霊鳥・白夜白連が首を大きく前に倒すと、アキヤは鳥の首の後ろを左手で掴み、屋上を蹴った。柔らかい蓮の花弁の中に細い手綱が垂れているのだ。そして、翼の間には、二人分の鞍があった。
 鞍にかけたアキヤが、先ほどとは打って変わって丁寧に声をかけた。
「どうぞ。あがってください、かなめさん」
 が、手綱を放る手つきはぞんざいだ。
 かなめと呼ばれた女も鳥の背に上がり、アキヤの後ろに腰を落ち着けた。
 鳥は大きく翼を広げて都市の上へと舞い上がる。その姿も、その羽音も、魔力を宿す鏡に隠されていた。
 空を行く二人の目の下を、いくつもの浮遊パネルが流れていく。映し出されているものは、家電の広告やゲームの宣伝、アニメが多かった。ニュース番組は一つもない。九州で起きていることは何かと思う。金曜日の夜の浮かれ町からは、現実を突きつけるものは排除されていた。
 幼い顔立ちに反して、やたらと肉感的に体を描かれた少女のアニメーションを後に残し、霊鳥は堕落した都市を離れていく。

 ※

 フィクション、ファンタジーと呼ばれるものは、本来強い力を持っているはずだ。それは神話を源泉とするものであり、古(いにしえ)の知恵、人々の中に神々が生きていた時代の活力を現代に流し込むものだ。
 ここは八百万(やおよろず)の神の国。言霊(ことだま)のさきわう国。大気は神霊の力に満ちている。人は霊媒として神霊の力を受け入れ、記述や口伝によってその力を体の外へ表現し、高貴なものとして顕現するのを助ける。そして、形を与えることによって、共に戦うのだ。
 それゆえ堕落させられた。強い力、真の力というものを、人は汚さずには使えない。今やファンタジーもフィクションも、劣情をいたずらに刺激するために用いられ、描かれる者たちは、電脳世界の娼婦となり果てた。
 でなければ、武器として、人を殺すために用いられる。
 個々の人生の表徴、それが結晶霊体であるとの解釈がある。ならば呪詛を結晶霊体化して制御するアキヤの人生は、呪詛そのものであるかもしれない。
 アキヤは十歳で呪われた。今は二十歳。人生の半分を呪われて過ごしている。その人生を現時点で昇華した姿こそが、結晶霊体『白夜白蓮』である。

 ※

「オレの呪詛」
 体を低く倒し、首の後ろにある長い羽毛、つまり無数の蓮の花弁で体を風から守りながら、アキヤは悦に入っていた。
「オレの人生」
「何をそんなに機嫌がいいんだ?」
 後ろのかなめが尋ねるが、その声は風に流れ、微かに耳に届くだけだった。騒々しくも冷ややかな軽沢地上市のネオンは、遙か後方の光の森と化している。眼下の明かりは既にまばらだった。それらは農業地区の民家の明かりや、等しい間隔で設置された街灯の明かりだ。
「別に。ちょっと考えごとをしてただけさ」
「何を?」
「何らかの霊的存在が固定されたものがフィクション世界の登場人物なら、オレのコイツはアニメの女の子と同じようなものだろうな」
「オレの人生、と今言ったばかりだろう。そういう自己卑下はよくないな。君の人生はアニメか?」
「まさか」アキヤは首を振る。「そういうつもりでコトを始めたわけじゃないさ」
「ならいい」
 光る鳥は田園の上を滑っていく。
 ややあって、かなめが呟いた。
「表現の中に神はいない」
 かつて受けた講義をアキヤは思い出す。眠そうな顔をして、眠そうに話す老講師。一対一の講義なので、おちおちまどろんでもいられない。
 表現が、霊的な存在が形となるためのものであればいい。だがそれは、ありもしないものを崇めること、一神教的な表現でいうところの偶像崇拝に陥る危機がある。表現は常に偶像崇拝の危機と紙一重の危うい橋で、その橋は崩れ去った。
「オレの中にもいないさ」
「どうかな。呪詛が神に由来するものだとしたら?」
 アキヤは返事をしなかった。小道に標的を見つけたのだ。
 里山の麓へと、白夜白蓮は高度を落とす。
 畦道に、女が一人。
 両側に子供が一人ずつ。
 一人は中学校のジャージを着た少女。もう一人は小学生の男の子だ。たしか、十歳のはずだ。かなめが囁く。
「子供か。二人とも揃っているな」
「構うもんか」
 男の子のほうは、両手で竹製の虫かごを持っている。自分に言い聞かせるように、アキヤはしゃべり続けた。
「長女の塾の送迎は車。一旦帰宅し食事のあと、長男のホタルの観察に付き合う。去年の七月と同じか」
「去年の七月は蛙の観察だ」
「どっちでも同じだ、小学生の宿題なんて。で、夫は軽沢地下市で夜勤。朝まで帰らない、と。情報が正しくてよかったな」
 二人を乗せた霊鳥は、畦道をゆく主婦と子供たち目がけて風の中を滑る。その爪が畦道の土を抉り、石を散らし、七月の青い田の中に落とした。
 まず、二人の子供の母親が振り向いた。アキヤはすぐには自分の結晶霊体の背から降りなかった。あんぐりと口を開けている子供たちに、姿を見せつける。
 母親は、データベースで見た通り美人だった。一つ結びにした黒髪が、肩で渦を巻いている。つるりとした額と薄い唇がいかにも優秀そうだが、眼鏡の奥の大きな目が優しげなために、冷たい印象はない。だが白夜白蓮に注がれるその目は、一秒ごとに鋭くなっていく。
 不安になったのか、中学生の娘が呼びかけた。
「お母さん」
 主婦は子供へと振り返らなかったが、できるだけ優しい声を出すためだろう、少しだけ笑顔を作った。
「響子。お母さん、少しこの人とお話しなくちゃいけないから、先に正己と帰ってなさい」
 硬直している娘と息子に重ねて言う。
「いつかお母さんに大事なお客さんが来るって、この前話したでしょう?」
 娘はじりじり後ずさり、それから、小学生の弟の二の腕を後ろから掴んだ。そのまま強く引っ張って、走るよう促す。二つ結びにした長い髪がせわしなく揺れている。
 弟のほうは、虫かごを落とした。震える息が次第に過呼吸気味になっていくのがわかる。そして、ついぞ後ろを向くと、母親を畦道に残し、田園の夜の闇へと走り去っていった。
 アキヤは鞍の上で姿勢を変え、身を低くする霊鳥の背から飛び降りた。後からかなめがつづく。
「久しぶり」
 主婦は動揺していなかった。
「お久しぶりね」
 笑顔さえ見せた。
 アキヤは白夜白蓮を背に立つ。二人の距離は二十歩ほどあった。
「用件はわかってるだろ?」
「ええ。灰田さんの件でわかってるわ」
「そっか」と、頷いた。「それじゃあ……」
 大野が右腕を横に突き出す。ここから一歩も通しはしないという意思表示か、そうでなければ結晶霊体を呼び出す予備動作だ。
 アキヤは話を終わらせた。
「早速だけど、死んでくれ」





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