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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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虹よ、契約の虹よ〈3〉

一章 劫此の姫(3/3)



 3.

 罰を下す神がいるのなら、じきに下るだろう。
 乙葉は助けて欲しい。
 と、今なら思うのだが、いざその瞬間が来たら、乙葉に一緒に来て欲しいと願うかもしれない。黄泉(よみ)へと。
 大宰府の空港を目指して、両国同心社の輸送トラックが山中の小道を走っていた。封鎖された荒れた道だ。だがここしか通れない。道を封じる鎖は最初から外れていた。一般の乗用車が途中まで乗り込み、ある時点で引き返した痕跡があった。落石を、軍用車両の巨大なタイヤが踏みしだいていく。太陽は隠れていた。その岩戸が開かれるまでのあと半日が、二度と来ぬほど遠く思われた。
 パジェットは、トラックの中に座り込む自分以外の十人を順に見た。左右二列の座席に座り、向かいでは二人が携帯型テレビを取り出しており、その両脇の二人が覗き込んでいる。液晶画面に照らされる顔は、揃いも揃って蒼白だ。
 激しく揺れるトラックの走行音に混じって、女性アナウンサーの声が聞こえてきた。
『――本日付けで日本国首相に就任した小寺充彦総理大臣は、大隅管区をはじめとし、豊後管区、肥後管区を含む九州南部五管区に紛争地帯宣言を表明しました。これに対し、野党側からは九州大管区全域を紛争地帯に指定すべきだとの批判が相次ぎ、国会は小寺臨時内閣発足初日から大荒れとなりました』
 そして、国会議員たちの怒鳴りあう声が聞こえてきた。
 うんざりして左を見た。柿崎が、膝に例の生体型神器を乗せて、右手で翅を撫でている。昨日の朝見たときより小さいが、それでも両膝をすっぽり覆っているので、普通のオオミズアオに比べれば十分に大きすぎる。右を見れば井田がいて、折りよく左を見た彼と視線がぶつかった。
 井田とパジェットは無言で見つめあい、不信とやるせなさとをわけあった。この若者は理想主義者に見える。それが不安だった。その顔に赤い光が淡く差す。どこかの町が焼かれている。その火が、峠に差し掛かったため窓から見えるのだ。井田の目が窓を向く。パジェットは外を見なかった。井田は再びパジェットを見た。
「こんなのは間違ってる」
 パジェットは同じくらい小声で吐き捨てた。
「もっとマシな感想言いやがれ」
「だって――」
「わかりきったこと言うなって言ってんだよ」
 井田はほとんどパジェットを睨んでいた。パジェットは首を振る。井田から目を反らし、かといって正面の仲間たちや窓の向こうを見る気もせず、足許を見た。
「俺はいい。だが他の奴には言うな。士気に関わる」
 返事は聞こえてこなかったが、代わりに失望がひしひしと伝わってきた。
 トラックの出入り口の一番近くには、乙葉が座っていた。扉に寄りかかり、虚ろに目を開けている。
 そのとき乙葉は、預かった二通の封筒と報酬のことを考えていた。受け取った占いの代金は、三万円だった。店を開いていたときにさえ、三十分五千円だったのに。物思いに耽っていると、誰かが立ち上がり、隣に来た。顔を上げる。自分の夫だった。
 パジェットは乙葉の隣に腰掛けた。何ということだろう。妻とさえ沈黙しか共有できないとは。
「朝の、二人の男――」他の仲間に聞こえぬよう、乙葉の耳許で囁いた。「――スーツを着た男たち。あれ、客だったのか?」
「ええ。無事に物資を門司まで届ける方法を探していた」
「そうか」
 彼らが無事に目的を果たすか、果たせぬか、知ることはないだろう。
「あなた」今度は乙葉が尋ねてきた。「『教祖』はどんな人なの?」
「十八歳の女の子さ」
 そう、名を言うことさえ許されない、相沢序峰という女の子だ。もうその人格は崩壊した。彼女は彼女に憑依した呪詛に乗っ取られてしまった。
「会ったことがあるの? あなた、人を護衛して、『峰の会』の本拠地に行ったことがあるでしょう?」
「会ってはいないさ。『教祖』に会ったのは、そのときの護衛対象だけだ。でも気配は覚えてるぜ。呪詛の力のな」
 気配。
 そう、気配。
 心臓が凍るような。
「気配――」
 窓を見た。
 闇の夜空よりなお暗く、闇が浮かんでいた。
 円盤のようだ。
 大きい。
 戦車がすっぽり収まりそうだ。
 それが、こちらに来る。
 立ち上がるのさえ、叫ぶのさえ、パジェットはひどく遅く感じた。だが、叫ぶことはできた。
「逃げろ!」
 叫びながら、左手は後部の扉の鍵を開けていた。右手は乙葉の腕を掴んでいた。
 誰が何を見たか、誰がどう行動したか、パジェットは知らない。わかるのは外に飛び出し地に伏せたとき、しっかりと腕に乙葉を庇っていたことだけだ。
 そして、その後の音で、トラックが何らかの衝撃を受け、崖から転落したことを知った。

 ※

 暗黒の座(くら)から、人間の出来損ないが降ってくる。それが地上の人や物に当たると爆発し、黒い炎で包むのだ。此岸を焼き付くす劫火だ。
 劫此(ごうし)。
 それが、パジェットが繰り返し夢に見るもの、二ヶ月前にこの目で見たもの、そして高千穂に惨劇をもたらした結晶霊体の名だった。憑依者たちが自分の呪詛を加工して形作る結晶霊体だが、相澤序峰がそれを完成させたとき、彼女の人としての個性と人格は消えた。序峰は呪詛そのものとなった。
 赤い炎をまとった円盤状の物体が、呪詛に立ち向かっていく。呪詛から降り注ぐ人間の出来損ないへと唸りをあげて飛んでいき、裂き、落としていく。今この山道の上にいるそれは、結晶霊体・劫此そのものではない。本体から分かれてきたのだろう。その下に井田が立っていた。
 燃える円盤が井田の手許に戻っていく。三枚刃のブーメランだ。井田がそれを掴むと火が消えた。パジェットは茂みから叫んだ。
「伏せろ、バカ!」
 パジェットは右腕に乙葉を抱えて道の脇の茂みに伏せていた。急な斜面だ。斜面はじきに崖になる。崖の下の道ではトラックが炎をあげている。そして、パジェットの左腕には、柿崎零韻(れいん)が抱えられていた。頭から血を流し、意識がない。井田は、パジェットの忠告通り茂みに逃げ込み、身を伏せた。
 井田が逃げ込んだ辺りの木が、黒い炎に包まれた。それは周囲を明るくもせず、燃え移りもしない。ただ触れた物を焼き尽くしたら、静かに消えていく。
「乙葉」腕の中で息を詰めている乙葉に呼びかけた。「柿崎を見ててくれ」
 乙葉の顔は見えずとも、頷く感触は伝わってきた。パジェットは両腕の中の二人を解放すると、土の上を這って彼女たちから離れた。
 触れたら必ず死ぬ物体が頭上から降り注ぎ、下方ではトラックが燃えている。井田がどうしているかはわからない。相手の出方を待っているのだろうか。
 パジェットは乙葉から三十メートルほども遠ざかると、擲弾銃型の神器『流天目』を抜き放ち、石と枯れ葉の積もる路上へと飛び出した。そのまま片膝立ちの姿勢をとって構え、空中の黒い渦へと引き鉄(ひきがね)を引いた。
 最後にエネルギーをチャージしたのは別府にある神社で、カートリッジに封入されているのは火之迦具土(ひのかぐつちのみこと)を祀るその神社の火だ。透き通る筒状のカートリッジの中で、空気もないのに燃え揺らいでいる。
 人の頭ほどもある火炎の玉が銃口から噴き出した。その火の青白い輝きで、劫此はパジェットを見つけた。直後、火炎の玉が劫此を直撃した。
 火炎の玉は劫此を貫通し、砕いた。と、空中で千々に裂かれ、引き返し、砕けた劫此の欠片を追撃し、青い炎で包んで清めていく。結晶霊体・劫此も、神器・流天目による火も、地上に落ちてくる前にきれいに消え去った。
 静けさが戻ったあと、百メートルほど向こうの茂みから、強烈な光が放たれた。ライトを手に、三枚刃のブーメランを背負った井田が駆けてくる。パジェットのほうからも彼に駆け寄った。
「パジェット――」
「乙葉は無事だ。柿崎は頭を打って負傷している。他の連中は知らないか」
 顔を強ばらせて首を振る井田を残し、パジェットはトラックが転落した地点に走っていった。積もった枯れ葉が消え去り、アスファルトのめくれあがった古い路面が露出している。ガードレールはない。木々が薙ぎ倒されている。下の道路に転がるトラックはまだ燃え続けたままだ。
「沢木!」
 仲間の名を叫んでみた。
「大城!」
 すると、井田も呼びかけ始めた。
「岩井!」
 皆、あのトラックの中だろうとパジェットはわかっていた。その考えを裏付けるように、誰も返事をしなかった。





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(第一部序文『神殿で会おう……やってくる』は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』ネヘミヤ記6章10節からの引用になります)


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