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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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虹よ、契約の虹よ〈2〉

一章 劫此の姫(2/3)



 2.

『柚富市のみなさん、おはようございます。今日は鞍嗣八年七月二日、土曜日、時刻は午前七時です。神政国の平和を願い、天照大神(あまてらすのおおみかみ)、国と地域を守る全ての神々と、我が国最高の祭司であられる西王、東王両陛下に、感謝と祈りを捧げましょう……』
 斜め四十五度に傾いた支柱から、破損を免れたスピーカーが朝の祈りの時刻を告げる。それきり静まり返った。鳥すら鳴いていない。
 長谷部乙葉は恐怖した。人々が柚富市に戻りつつある。呆然として立ち尽くす、およそ恐れるに足らぬ人々の様子見て、乙葉はむしろ恐れた。悪意が町に満ちていた。それは過ぎ去っていない。その悪意は直ちに再度の破壊をもたらすものではない。だが、呼吸するごとに人の体に取り込まれ、この個性と人格に薄墨色に染み渡り、黒い水のような狂気へと徐々に人を沈めていく。そういう悪意だ。
『この惨劇は、十八歳の女の子が一人でやったものです』
 高千穂の惨劇、と名付けられた二ヶ月前の事件の直後、女性のテレビレポーターが歩きながら放った言葉が不意に思い出された。十八歳の女の子に、一人で町を破壊させる。それが呪詛。七人の女性に憑依したものの正体だ。これと同じ力を持つ人間が他に六人いて、それがいつ暴走し始めるか誰にもわからない。それが今の日本の状況だ。
 それにしても、相澤序峰は柚富の何がそんなに気に食わなくてこれほどまでの破壊に及んだのか。これまでに彼女が行った都市の破壊と殺戮には、一応は彼女なりの理由があり、凄惨さの度合いもその理由に応じたものだった。
 霧島市。そこは、国の弱気な対応を批判する市民団体が序峰の怒りを買った。彼らはこう唱えていた。
『取り戻そう、霧島』
 一夜にしてそのスローガンは絶えた。霧島は私のものだ、と声明が出された。
 蝦野(えびの)市。ここにはラジオ局があり、ゲストが序峰の行為を声高に非難した。蝦野市も大部分が瓦礫の山と化したが、声明がなくとも理由は明らかだった。
 熊襲(くまそ)市。ここには序峰の母方の祖母が住んでおり、「真人間になってほしい」とテレビのインタビューに答えた様子がテレビ放映された結果、四千人ほど死んでいる。
 縣(あがた)市。ここは、序峰の占領宣言に抗議して滅んだ。
 柚富が被害にあったのは、政府が契約を結んだ両国同心社の先遣部隊がいたからだろう。昨日、柚富に引き返すさなかそう考えていた。さて、窓から見える夕日の中の壊れた町、死体、その中で嘲弄するように無傷のまま残された宿舎を見て、乙葉を含むチームの全員が、屈辱と羞恥で立ち尽くした。口を利けなかった。これが目的、これこそが、悪意の象徴であった。
 それでも一夜明け、宿舎の周囲を見回り戻ってくると、まだ行政が機能していることがわかった。昨夜のうちに山越えしてきたのだろう。警察官が、市内に散る生き残りの人々を集めようとしていた。たすきを見るとみな、近隣の市の警官たちだった。
 宿舎の正面は銭湯。その隣がシイタケを加工する小さな工場だった。
 工場の裏に、女が座り込んでいた。ひん曲がった門扉に背中を預け、地面に直接尻をつけている。髪は熱風に煽られてぼさぼさなうえ、ところどころ焦げて縮れている。化粧をしたままなのが憐れだった。
 それでも死体と比べれば、まだずっと生気があった。乙葉は躊躇いながら女性に歩み寄った。目の前でそっと身を屈めても、女性は反応しなかった。四十にもなっていまい。憔悴して老け込んで見えるのなら、まだ三十そこそこかもしれない。頬は土気色で、口は半開き。目は乱れた髪で隠れている。
「大丈夫ですか?」
 返事はしないが、瞬いた。
「警察隊が到着しています。行きましょう。取り残されてしまうかもしれません」
 女はようやく反応した。ゆっくり首を横に振ったのだ。
 乙葉は勇気を要する質問を発した。
「お一人ですか? ご家族やご友人は?」
 すると、女の唇が動いた。
「昨日までいました」
 腹に力の入っていない、枯れ葉が触れあうような、かさかさの声だった。乙葉は奥歯を噛んだ。胸の痛みが去るのを待つ。
「今は行きましょう」よほど、その二の腕に触れようかと思った。「お気持ちはお察しします」
 すると、相手は顔を上げ、首を振って髪を払った。口を半開きにしたまま乙葉がいる前方を見るが、乙葉を見ている感じではなかった。そして、先ほどよりかは意思を込めた口調で尋ねた。
「あなた、家族はいる?」
 隈の浮いた目をじっと見ながら乙葉は頷いた。
「はい」
「子供がいたことは?」
 それは、乙葉に痛みを突きつける質問だった。
 口を閉じたまま、鼻で深呼吸をした。どうして動揺を示すことができよう? 乙葉はきっぱり答えた。
「いいえ」
 女の目の焦点があい、不意に乙葉を直視した。
 泣いてしまうだろうかと思った。そうしてくれたほうがどれほど良かっただろう。泣かなかった。押し殺した声で、女は囁いた。
「察するなんて言わないで」
 そして再び深くうなだれて、自分の殻に閉じこもる。乙葉は逡巡した結果、立ち上がり、女性の前から立ち去った。乙葉は二重の敗北感に打ちのめされていた。その一つは、この場で思い抱くにはあまりに自己中心的に思えるものだった。
 町工場の隣の銭湯は、半ば吹き飛ばされていた。女湯の洗い場と浴槽、モザイクで海原の描かれた壁が、梅雨の曇り空に晒されている。道は崩れた外壁で塞がっていた。乙葉は深く溜め息をつき、細い路地の真ん中に佇んで、ジャケットの胸ポケットから携帯ラジオを取り出した。
 電源を入れると、明瞭な音声が流れ出した。
『――総理の死亡が確認されました。事件が起きたのは本日午前五時頃、総理官邸に刃物を持った男が侵入し、前庭で体操中だった井上総理の腹や背などを十数回刺したのち、その場で警備員に取り押さえられました。警察の調べによりますと――』
 ふと視線を感じた。
 崩れた食品加工工場と銭湯を隔てる生け垣の手前に、スーツ姿の男が二人立っていた。
 今から営業にでも行くかのようなたたずまいだ、
 二人の男は目配せしあい、頷きあうと、意を決したように早足で乙葉のもとに歩み寄ってきた。
 間近で見ると、なるほど、災禍をくぐり抜けてきたのだとわかる。スーツは傷み、破れ、白いシャツは煤けていた。一人はアタッシュケースを胸に抱えている。どちらも四十代前半から半ばといったところだろう。眼鏡をかけた長身の男が、場違いな愛想笑いを浮かべて会釈し、話しかけてきた。
「恐れ入ります、この非常時に大変恐縮なんですが、私、ミツバ生化学産業社の津曲海(つくみ)支社の高岡と申す者ですけども」
 と、名刺を出してきた。乙葉はラジオを切り、怪訝に思って眉を顰めた。
「はあ……」
「失礼ですが、暮紅葉(くれもみじ)様でよろしかったでしょうか」
「暮紅葉」
 乙葉はしみじみ繰り返したのち、ラジオを胸ポケットに押し込み、名刺を受け取る。肩書きを見ると、設計部設計技術課主席技師、とあった。営業職ではなかった。
「いかにもそうでございます。ただ、誓名(せいめい)で活動していたのは随分昔のことでして……」と、仕事用の笑顔を浮かべた二人の男を順に見た。「名刺を切らしておりますが、今は長谷部乙葉の名で活動しています。しかし、店を閉じたのは五年も前のことですが。私のことはどちらで?」
「私、かつては東都の本社に勤務していたのですが、その際に弊社の伊藤という者が長谷部様のお世話になっておりまして、その際に何度か同席させていただいたことがありまして……」
「そうでございましたか」
 顧客のことなら大体覚えている。確かに、伊藤という男ならプロジェクトの成否を占ってほしいとしばしば店にきた。ただ、プロジェクトの内容はさすがに聞いたことがない。ミツバ生化学産業社の顧客なら、防衛省か聖務省のどちらかだろう。新兵器の開発か改良か、といったところかと考えたことは覚えている。その重要度がわからぬことには占いようがないのだが、切羽詰まった人間というのはわからぬものだ、乙葉の曖昧漠とした託宣を何度も聞きに来た。責任が重いほど、縋らずにいられないのだろう。
 高岡は喋り続けた。
「……五年前の鵺(ぬえ)の害をきっかけにお店を畳まれたあと、両国同心社様とご契約を結ばれたと伊藤づてに聞きまして。両国同心社様でしたら東国、西国問わずご活動をされていらっしゃいますので、もしかしたら、と……」
 乙葉より二十センチほども背が高いのに、上目遣いに窺ってくる。
 それで、道路が滅茶苦茶に分断された町をさまよって来たというのか。いるかいないかもわからない、むしろいない確率のほうが遙かに高いたった一人の人を探して。
 急に泣きたくなった。この状況で笑みを作れるほど強い男たちの、目の底に隠された縋るような光が悲しかった。
「何をお知りになりたいのでしょう」
 目を伏せ、無表情を保ちつつ、淡々と尋ねた。
「ありがとうございます。実は私どもはですね、非常に重要な図面と新製品の試作品を門司(もじ)まで運ばなければならないところでして。津曲海で清めを受けた依代(よりしろ)がこのアタッシュケースに入っているのですが、これを門司まで運ぶのに最も適した道筋を示していただきたいのです」
「わかりました。見させていただきますね」
 とは言え、自信はなかった。気を静めて占うには、乙葉の感情はかき乱されていた。
 乙葉は古い石畳にそっと両膝をついた。まだ朝の七時だというのに、湿度が高く暑い。不快な汗が首筋に浮いた。梅雨明けはまだだろうか? 早く夏になればいい。夏が終われば秋がくる。秋は好きだ。秋には全て良くなる気がする。秋になれば全てが……。
 腰鞄のチャックを開け、桐の小箱を取り出した。これが乙葉の仕事道具だ。中には三十五枚の札がある。乙葉の前で同じように両膝をついた二人の勤め人に、札を裏返して見せた。全て白紙だった。両手で札をよく切って、地面に丸く広げる。
「以前にご覧になったならばご存知かとは思いますが、毒殺符(どくさつふ)は強力な札です。終わりました後、大変体力・気力を消耗されますが、自覚症状がない場合が大半です。可能な限り早急に、聖域で神の庇護を求めてください」
 まだ壊されていない神社が柚富にあるだろうか。
「また、同じ理由で三日以内に二度の占いはできかねます。この占いが終わりましたら、三日は他の占い師を当たらぬようお願いいたします」
「承知しました」高岡と、もう一人も言う。「承知しました」
「それでは、北の札を選んで返してください」
 不意に高岡の目が鋭さを帯びた。彼が手を伸ばし、乙葉の膝頭の近くにある札をめくったときには、何の札がそこにあるか乙葉にはわかっていた。彼岸花だ。
 果たして彼岸花の絵柄が現れた。毒殺符を初めて目にするらしい、高岡の連れの男が息をのむ。
「では、西の札を」
 西の札はドクゼリだった。
 東の札はスズランだが、掠れてひどく見えづらい。南の札は最悪だった。トリカブトだ。他の札よりべったり色が濃い。
 四方の気を見終えると、再び札を混ぜ、裏が白紙であることを再度確認させる。そして再び四枚の札を引かせた。北、西、東、南に存在する神社、大社の祭神の絵柄が引かれた。今度は東の札が濃く、西の札が薄かった。
「東の陸路を、少彦名命(すくなびこなのみこと)のご加護により頼みながら向かわれるがよろしいでしょう」
 乙葉は札を回収し、桐箱に納めた。
 無明(むみょう)。これが、乙葉の半身とも言える札型の神器の名前だった。十四歳のとき、故郷である砌沢(みぎりざわ)市の神社の境内でこれを掘り起こして以来、乙葉はこれを利用し、また、利用されながら生きている。どうしてこれを堀り出し得たのか、何故掘ろうと思ったのか、また、何故実行させられたのかはわからない。神の選びはわからない。
「東を通るか……」高岡が連れの男に唸る。「これルートじゃ、いつ門司に着くかわからないな」
「北はどうだろう?」連れが応じた。「日田事務所を通過する。ここで小野田次長に託せれば……我々は『教祖』に顔を見られた。生きて九州を出られなくても、これだけは……」
 二人の男は乙葉を前に黙り込んだ。
 乙葉もまた黙っていた。
 この二人は勘違いしている。自分たちの旅路の安全を占ってもらったと思っている。だが違う。無明は未来を知らないのだ。わかるのは、四方におわす神々の勢力、力の強弱、そしてそれを取り巻く悪い気の強弱だけである。そこから今現在安全と思われる道を割り出せても、安全を保障するわけではない。相沢序峰は、呪詛は、今現在の力の均衡など、一瞬でぶち壊せる。彼女の呪詛はそれほど強力で、不安定な力なのだ。
「ありがとうございます」
 高岡が乙葉に向き直り、深く頭を下げた。それをきっかけに、三人は立ち上がった。
「よくよく参考にさせていただきます。こちらは謝礼になります。どうぞ、お納めください」
「いいえ」反射的に首を振った。「お代は、無事に門司にたどり着いてから振り込んでいただければ結構です。振込先を――」
「お願いします。お納めください」高岡の声が力を帯びた。「お願いします……実はもう一つ……厚かましく、大変申し訳ないのですが……お願いしたいことがあるのです」
「何でしょう」
「無事東都に戻られましたら、この手紙を投函していただきたいのです。私たちが門司に戻れる保証はなく、九州で投函しても、本州まで届くかと言われると非常に心許(こころもと)ない状況ですから」
 と、手持ちの鞄の外ポケットから二通の封書を差し出した。
「私たちの家族に宛てた私信です。おかしなものや、嗅ぎつけられて困るような力は込められておりません」
 ごく一般的な茶封筒だ。
 丁寧な字で綴られた住所と、配偶者のものと思われる女性の名を見つめると、もう断ることはできなかった。
「わかりました」乙葉は手を伸ばし、受け取った。「ただ、私どもも無事に東都に帰れる保証はございません。その点だけご了承ください」
 それでも、この二人よりかは無事に戻れる可能性は高い。二人の男はようやく安堵したらしい。心からと思える笑みを初めて浮かべた。
 乙葉は泣きたいままだった。

 ※

 そのスーツ姿の二人の男が路地から出てきたとき、乙葉はこの先にいると、パジェットは直感でわかった。大股で、古い石畳の路地に入っていく。この小さな観光街も、もはや情緒も風情もない。
「乙葉!」
 銭湯の裏で、乙葉が右を向いて立っていた。うなだれ、考え事をしているようだ。強く呼びかけると、びくりと震えて顔を上げた。
「乙葉――」安堵の溜め息とともに、力と緊張が抜けていく。「無事で良かった。心配したぞ。どうして黙って出ていったんだ」
「置き書きをしたわ」乙葉は意外そうに目を丸くした。「あなたの枕もとに。少し見回ってくるって」
 パジェットはその目を見つめ返す。
 夫婦の身長差は四十六センチ。乙葉は小柄で、パジェットは大きすぎる。乙葉がそっと目を伏せた。パジェットは天を仰ぎ、ぼさぼさの砂色の髪に指を入れて掻いた。
「気がつかなかった」
「ごめんなさい。起こせばよかったわ」
「いや。俺が落ち着いていればよかった。とにかく帰ろう。井田たちも探してるんだ。先に戻ってるかもしれん」
 乙葉は頷いた。「帰りましょう」
 銭湯の横、ごくごく小さな食品加工工場の裏門の前に、女がうずくまっていることにパジェットは気が付いた。気付かぬふりをした。いちいち心を痛めていたら、心がいくつあっても足りない。だが、乙葉はそれがわかっていないようだ。彼女はまだどこか、自分のことを、心を痛められる民間人の側だと思っている。だから民間人に心を痛める。しかも自分がそう思っていることを、未だに自覚していない。
 路地を抜けると、背後から足音が迫ってきた。それは一旦立ち止まり、それから駆けてきた。
「待ってくれ!」
 振り向くと、眼鏡をかけた生真面目そうな青年が、後ろに仁王立ちになっていた。汗と煤のにおいを放ち、目にまだ火を燃え上がらせている。
 面識があった。柚富の市長の孫の大学生だ。
「あなたたちは本当にここから出ていくのか? 俺たちを見捨てるのか?」
 正義感の強い若者だと思う。だからここから逃げなかったのだろう。
 パジェットは言葉を選ぼうとした。だが選ぶのをやめて、率直に事実だけを言った。正義の味方ぶって何になる? より不誠実になるだけだ。
「はっきり言っておきます。我々は自分の意志で来たのではありません。あなた方を助けに来たのですらない」
 青年の頬が引き攣った。
「ただ、井上内閣府の依頼によって霧島奪還作戦に備えるべく来た。そして政策は失敗した。我々が留まる理由はなくなりました。直ちに撤収しなければなりません」
 青年は唇を噛んだままパジェットをじっと見ていたが、口を開くと、まだ冷静に言った。
「お願いがあります。それではせめて資材を貸してください。崩れた家に閉じこめられた人や、動けない人たちがいます」
「いいえ。政府や自治体の要請なく物資や人員を提供することは禁止されています」
「お願いします」声が跳ね上がった。「出すものを出せばいいんでしょう。いくらいるんですか! どうしたら協力して頂けるんですか!」
 パジェットと乙葉は、じっと互いの顔を見つめあった。
「貸せよ!」
 青年は、自分より遙かに体格のいいパジェットの胸をぐっと掴み、爪先立ちになって顔を近付けてきた。
「バールの一つくらい、担架の一つくらい、貸してくれたっていいだろ! 出ていくまでの間だけでいいんだ! 今すぐ要るんだよ! 何人も何人も何人も何人も、こうしている間にも衰弱していってるんだ! それにいつまた火事が起きるかわからないし! あんたに人の心はないのかよ!」
 パジェットはじっと黙り続けた。それが返事だった。
 だが相手も諦めない。目に、怒りと苛立ちと、それに勝る恐怖が浮かび、それらの感情が、水のように揺れていた。
「……所詮は天下り企業かよ。やる気も誇りもないんだな」
「我々が『教祖』の攻撃対象であるあなた方に協力すれば、彼女は我々をも敵と見做すでしょう。彼女はどこからでも見ています。そうなれば、彼女は我々を恨みに思い、東都まで追って来る恐れがあります。我々は災禍を九州で止めなければなりません。どうぞ、お察しください」
「ああ。だろうな。九州を、琉球を、あんたらは本州の捨て石にするんだ。そういうことなんだろう、この社畜!」
 パジェットは繰り返した。「お察しください」
「あんた自身はどう思ってんだよ!」大声を出したのは、声の震えを誤魔化そうとするためかもしれない。だが、より際立たせていた。「あんたのそのデカい銃! 神器なんだろう。何のために持ってんだろうな! あんたにその力を授けたのがどの神様か知らないが、さぞ悲しんで泣いているだろうな!」
「そういう問題じゃないんです」
 青年は、音が聞こえてきそうなほど歯ぎしりをしている。その力がふと抜けたと思うと、パジェットから手を離し、足許に、崩れ落ちるようにひれ伏した。
「……お願いします! お願いします、助けてください!」
 そのときパジェットは、宿舎の前に武藤と柿崎、そして井田が、棒立ちになってこちらをじっと見ていることに気が付いた。
「この通りです。私には誇りはありません。力もありません。この通りです……お願いです……お願いですから……」
 柚富の市民たちが、地面に頭をこすりつける若者と、それを立って見下ろすパジェットと乙葉とに、道の両脇から目を注いでいた。
 パジェットは乙葉の手を引いて、宿舎へと歩き始めた。
「助けてください! お願いします!」
 青年は、宿舎の扉が閉まるまで叫び続けていた。





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