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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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美しい死者の国〈2〉





 2.

 今月からの新メニューだという、アボカドとチキンのマフィンサンドを注文した。付け合わせは角切りチーズのサラダで飲み物はホットのダージリンティー。レジ横のコーナーでレモン果汁のパックを取り、客席へ向かう。テーブル席は交際中の男女や友人同士の学生で占められている。窓際のカウンター席につくと、朝のアナウンスが始まった。
『芦原市のみなさん、おはようございます。今日は、鞍嗣八年六月二日、木曜日、時刻は午後七時です。神政国の平和を願い、天照大神、国と地域を守る全ての神々と、我が国最高の祭司であられる東王、西王両陛下に、感謝と祈りを捧げましょう……』
 隣接する金沢市で奉納されている舞の音声が、市内全域に流される。店内BGMが消され、祈りの時間が来た。雅楽の中継放送は一分間で終わる。その音声が小さくなっていき、そしてまた、店内BGMの、爽やかなフルートの音色が流れ始めた。
 瑞樹は眠かった。祈ったまま目を閉じていた。朝方、たまらない夢を見た。断片だけを覚えている。男性のマネキンの首が実家の台所の床に落ちていて、理想的なよき父親のように物わかりのいいことを喋り続けているのだ。
『さあ、瑞樹。勉強はそこまでにして、一緒に海までひとっ走りしよう。せっかく自転車を買ってもらったんだもんな。楽しいぞ? えっ? 中学受験? まだまだそんなことは考えなくていい。それにべつに公立の中学校だっていいじゃないか――』
 瑞樹の首がこくっと落ち、うっかり眠りかけていたことに気がついた。目をこする。眠くて涙が滲んでいた。マンションの向かいのビルに取り付けられた広報パネルから、ニュースの音声が聞こえてきた。西国・琉球大管区が梅雨入りしたという。店内BGMにかき消されがちなその声を、聞くともなしに聞いてると、誰かが隣の席にトレイを置いた。
 何気なく目を向け、目が覚めた。
「やあ」
 瑞樹は相手の笑顔の前で狼狽した。相手を認識するや、羞恥で顔が真っ赤になった。寝ているところを見られただろうか? だらしない顔をしていなかっただろうか?
「アキヤくん」
「眠そうだね。でも目が覚めた? びっくりさせてごめん」
 ううん、と言いながら、アキヤのトレイに目をやった。彼は甘党らしかった。シナモンロールとぶどうジュース、付け合わせはフルーツグラノーラのヨーグルトがけ。
 もう一度アキヤの顔を見て、笑いかけた。
 朝の光の中で見ると、アキヤは昨夜よりずっと親しみやすい青年だった。朝の光は人間の顔に生彩を与える。
「嬉しいな、こんなにすぐまた会えるなんて」
「わざわざここまで来たの?」
 嶺北工科大学の学生が多く使うアパートは、花澤大学のそれが集まる区画から歩いて三十分ほど離れている。
「市電を使えばすぐだよ。この店、噂は聞いてたから、一度来てみたかったんだ。これから大学だよね」
「うん。朝と夕方にゼミの集まりがあって、早く行かなきゃいけないんだ。せっかく会えたのにごめんね」
「そっか……大変そうだね。三連休前なのに」
「うん。三連休前だから。明日が休みだから、今日のうちに制作発表の準備しなくちゃいけないんだ」
 明日金曜日は、東王陛下誕生日の祝日だった。
 厳粛に家で過ごす毎年の十二月三十一日の夜、最高祭司の権能が、二都、西国は京都、東国は皇都におわす王の間を移動する。今年は東王が権能を握る年なので、東王陛下の誕生日が祝日となるのだ。
「アキヤ君は、忙しくない?」
「まあね。朝ゆっくりできる程度には」
「アキヤ君――」
「ん?」
 瑞樹は生唾をのんだ。
「今夜、あの場所に行ってもいいかな」
 拒まれはしないと思っていた。アキヤは拒むどころか、嬉しそうに顔を綻ばせてくれた。
「本当? 嬉しいなあ! オレ、忙しくないからさ。八時にはあの場所にいるよ」
 喜びとともに、するどい痛みを胸に感じた。
 初めて人を好きになったらしかった。

 ※

 異性に対する積極さが自分の中にあるとは考えたこともなかった。そういうことは、どこか遠い世界の出来事だった。
 今夜どうアキヤに会いに行こうか、それを考えて過ごした。シャワーを浴びてから行こう。服も、できるだけかわいい服に着替えよう。お腹を空かせていたらいけないから、パンを持っていってあげよう。もし彼が晩ご飯を済ませていても、パンなら明日の朝食べればいいし……でもそうしたら、明日の朝アキヤと店で会える可能性が減ってしまう……あちこち寄り道していたら、遅れてしまうかもしれない……ゼミの集まりは何時に終わるだろう……七時半には家を出たいから、六時に終わってくれれば……。
 半ば浮かれて過ごすうちに、五時になった。メンバーで準備したスライドの動作確認をし、原稿の読み上げの練習をする。質疑応答の練習。その回答内容の最終打ち合わせ。五時半には片付けとなった。急いで終わらせて家に帰れば、シャワーを浴びて着替え、パンを買っていくこともできそうだ。海を見ながら二人で食事をし、話をする。夜のピクニックだ。
「瑞樹、なんか今日嬉しそうだねえ」
 機材の片付けをしながら神野が声をかけてきた。面倒見の良いグループの仕切り役で、時と場合によっては素晴らしいリーダーシップを発揮するのだが、瑞樹はどちらかと言えば彼女のことが苦手だった。曖昧に笑い返す。
「ちょっとね」
「なに。カレシでもできた?」
 そういう訳ではないのだが、微笑んだまま困ったように俯いたのを返事と解釈したらしく、他の女子と一緒に「おーっ」とはやし立ててきた。
「じゃあよかったじゃん。三連休に予定できて」
「灰田、実家帰んないの?」
 投射用のスクリーンを強く引きながら、男子学生の前田が振り向く。前田が手を離すと、スクリーンは上部の巻き取り機に吸い込まれていった。
「うん、まあ」
「瑞樹、ほんと実家帰んないよね。いつ帰ってるの?」
 大学の長期休暇はいつも芦原市で過ごしていた。
「うーん、帰んないかな」
「ていうか、帰って来いって言われない?」
「まあね……」
「どうしたんだよ」機材のコードを束ねながら、伊藤が茶化した。「親と喧嘩してんのか?」
「うん、まあね。あんまり家族仲よくないんだ」原稿をダブルクリップでとめながら、瑞樹は控えめに表現した。「気まずくてさ」
 災厄は関係ない。
 少なくとも家族仲に関しては、災厄は関係ないと瑞樹は言い切れた。あの家庭は何事も起きなくても自壊していただろう。だが、あの災厄が何も影響を与えなかったわけがないのだ。多少、家族みんながおかしくなるのを早めはしたかもしれないが。
 おかしくなったのは瑞樹本人より、むしろ母親のほうだった。
 彼女はもともと少しおかしかった。あの母が、瑞樹の幸せを願っていたのか、または破滅を願っていたのか、瑞樹にはよくわからない。
 最も印象に残っているのは、大学受験の前夜の出来事だ。翌朝に備えて早々床についた瑞樹は、だが程なく髪を掴まれ奇声とともに引きずり起こされた。
 母はヒステリーを起こし、瑞樹を殴りながら喚いていた。何を言っているのか理解できなかった。学習机を見ると丼があり、湯気を立てていた。それで理解した。
 母はこう思ったらしい。娘は受験勉強の最後の追い込みをしているはずだ。ここは一つ母として、応援してやらなければならない。おじやを作ってやろう。「頑張ってね。お母さんは応援しているよ」と言わなくては。だが娘と来たら寝ているではないか。それで怒ったらしい。良い母親をする機会を奪われたからだ。
 母が瑞樹に恩着せがましくするのは、瑞樹を愛していないことを本当は引け目に感じているからであり、だから、気まぐれで構ってやろうと思ったときくらいは精一杯の愛情で構ってやらなければならない、と強迫観念を抱いているのだ。それを瑞樹の側から拒むのは決して許されない。そして母は、瑞樹を愛する時間より、愛さない時間のほうが長かった。実際、あれほど愛情を見せつけたがったくせに、痣のついた顔で受験から帰った瑞樹にこう言ったのだ。
『あら、その顔で受験してきたの?』
「灰田はいいよな」
 西岡の暗い呟きで、現実に引き戻された。彼はやることがなく手持ちぶさたになり、演壇の後ろにぶらりと立っていた。
「喧嘩して気まずくなれる親がいてさ。俺、中学の時に東都で鵺(ぬえ)の災害にあってさ。お袋の手を引いて逃げてたんだけど、人波に押されて、手が離れちゃってさ」この同期生が魔害で両親を失っていたことを思い出した。「すぐ振り向いたけど、すごい人と火と煙で、もう見つけ出せなかったんだ。それっきり」
 気まずさと陰気さが、室内に静かに流れた。
 その流れを大声で打ち破ったのが神野だった。
「そうそう! ニシみたいに苦労してる人もいるんだからさぁ。瑞樹、仲直りしなよぉ」
「でもお母さん、あんまり話の通じる人じゃないんだよね」
 弱々しく反論した直後、黙っておけばよかったと後悔した。それを、男子学生の伊藤が明るくとりなした。
「まあそうは言ってもさあ。俺だって親にすげームカってくることあるよ? でもさあ、喧嘩したって親って一人しかいないわけじゃん」
「そうそう」伊藤の言葉に神野が頷く。「第一親が学費払ってくれてるんだしさあ。大事な我が子じゃなかったら、そんなことしてくれないよ」
「灰田は恵まれてると思うぜ?」西岡が締めくくった。「お袋さんを大事にしてやれよ。いなくなってから気づくんじゃ遅いんだ。ま、いつか俺の言ったこと、理解できるようになると思うけどな」
 それで話は終わった。いや。最後に神野が瑞樹を睨みつけた。
 瑞樹はいそいそと大学を後にした。グループの誰かと二人きりになる機会を持ちたくなかったのだ。
 外は暗く、曇っていた。白く光る街灯をじっと見るが、その周囲に雨の針は見えなかった。瑞樹は赤煉瓦の校門まで走った。
 アパートまで戻った瑞樹は、一階のパン屋の客席の前で足を止めた。
 奥のテーブル席に宮部が座っている。
 何故ここに? 自問しつつ、今夜も会う約束があっただろうかと思い返した。ないはずだ。
 幸いにも、宮部は外を見ていなかった。携帯電話を触っている。たまたま気を取られているだけだろう。見られない内に、外階段に身を隠した。そして息を弾ませながら、五階まで駆け上がった。





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