出会いの仕方がわからない? 大丈夫。問題ない。あなたの隣の家が神社でそれに沿ってまっすぐ歩いたらT字路に突き当り、左に進んだらスーパー、右に進んだら蝿カステラ屋に行き当たるはずだが、その蝿カステラ屋の裏手に痩せた茶トラ白の野良猫が一匹うずくまって飢えているから拾ってこい。【命令】
猫がいる暮らしは良い。
お母さんが晩ご飯を作ってテーブルに並べていると、猫は椅子に乗って後ろ足で立ち上がり、テーブルの端に前脚を揃えて置いて、主菜のフィッシュカツが乗ったお皿を見て嬉しそうに、
「『つか』!」
顔を寄せてピンク色のお鼻をヒソヒソヒソと動かし、
「フィッシュ『つか』!」
「『つか』じゃなくてカツだって言ってるでしょぉ!」お母さんはブチ切れてそこらへんにいる三人の子供に声を荒らげる。「あんたたち手伝いなさい!!」
一家の長男は大学生で、ソファにふんぞり返って虹色に光り輝く般若心経の音ゲーをやりながら
「ふはははは」自らも虹色に光り輝き、「このゲームをやると」七つに分裂したり一つに収縮したりを繰り返しながら「体が虹色になっちゃう」
高校生の次男は扇風機を自作している最中だったが、なんかもういろいろと面倒くさくなってエナメル線を直接コンセントプラグにぶちこんだ。結果ドムッ!!! 火花と衝撃でぶっとばされてガラス窓にぶつかり、それをぶち破ってベランダの柵に叩きつけられた。
「ちぃ兄ちゃんうるさい!」
中学生の長女はホモスケベ同人誌のページを開いて六畳の仏間にぎっしり並べる作業の真っ最中だった。こうしていればお父さんが寄り付かなくなるのではないかと考えているのだが、ちょうどそこにお父さんが帰って来て、
「ただいまあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
新幹線並みの速度で玄関から仏間に飛び込んでくるとホモスケベ同人誌を巻き上げながら仏壇に直行し、頭からダイブするとカラーの遺影に収まった。
「ああああもうお父さんっ!」長女はホモスケベ同人誌をバシッと畳に叩きつけた。「もう仕事に行かなくていいから成仏してよっ!!!」
「フィッシュ『つか』!」猫はますます皿に顔を寄せて「『つか』あぁ!」
「下 り な さ い !」
お母さんが菜箸を振り上げると、猫は恐がって椅子から飛び降りた。
虹色に光り輝く長男が眉を顰めた。
「母さん」スマホから顔をあげ、「猫には『つか』しか友達いないんだから、ひどいことすんなよ」
「だったらあんたが面倒見なさいよ!」
そこへベランダから嗚咽が流れてくる。まだベランダで倒れている次男である。
「うう……なんで……誰も僕の心配……しないんだよぉ……」
「さっさと起きなさい、そんなところで寝て汚い」
「ちま子にうるさいって言われた。感電してるのに」ぐずぐずと泣きながら「気絶しかかってるのに、ひどい」
「ねぇちょっとちぃ兄ちゃん! 扇風機塗りたてなら言ってよ! 服めっちゃ汚れたし!」
「ちま子、服ならまた買ってあげるから手伝い――」
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアィ!!!」
お母さんのその一言が放たれるや、ベランダの次男は頭を抱えてのたうち回った。
「母さんはいつもそうだ! 兄ちゃんとちま子には何でも新しいものを買ってあげるんだ! 僕はいつもお下がりなのに!」
「そんなこと言ったって、ちま子は女の子なのよ? お兄ちゃんのお下がりってわけにいかないでしょう」
「出てってやる!」と、手をついてむくりと身を起こした。「こんな家出てってやる、ウワアィ!」
次男、ベランダから仏間に駆け込むや猫をヒョイと抱き上げ仏壇に逃走。父親と同じ要領で頭から遺影にダイブしそのまま父親と手を取り合って額縁の向こうへ消えていった。
「おおい、戻ってこい」誰もいなくなった遺影に向かって長男がアンニュイに声をかける。「それか、せめて猫返せ」
さて額縁の向こうの世界には海が広がっており、父親は生前の趣味であったモーターボートで沖に乗り出していた。ボートを追って波間を跳ぶのは新鮮でピチピチしたフィッシュカツの群れで、
「『つか』!」甲板の次男に抱っこされた猫は海へと大きく身を乗り出す。「フィッシュ『つか』!」
「ハハハ、危ないよ猫」
「しっかりつかまえておけよ!」と、操舵室のお父さん。「どうだ、海は!」
「うん。潮風が気持ちいいね!」
「どこか行きたいところはあるか」
「『つか』!」猫が大声で「『つか』! 『つか』!」
伝説によればフィッシュカツの天敵が存在しないフィッシュカツの楽園が存在するらしく、次男はその島を提案する。何を隠そう彼こそが、のちのマゼランである。
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