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冷凍されたオシドリとチューリップ人の王国

趣味で書いている小説用のブログです。

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パパとじぃじはおとなげない~全然壊れてない太陽の王国~


 娘が動物を飼いたいと言うのでヨリスは雪まみれになった。かつて部下だった護衛銃士ユヴェンサ・チェルナーとは結婚して五年が経ち、娘は四歳になる。にも関わらず、ヨリスは連隊副長の役職を得て以来、週に一度しか郊外の一軒家の自宅に帰れぬ生活を送っていた。そして今日、帰ったら、「動物を飼いたい」である。
 結果、彼は一日に二度も雪まみれになってシャベルを操った。なにも殺した人間の死体を埋めたわけではない。動物を飼った経験など全くない彼が、二十歳の新任少尉の時分から二十年間も陸軍という特殊な環境にどっぷり漬かって生きてきた結果得た、あまりにも世間一般とかけ離れた感受性を用いて娘の要望に応えようとした結果である。
 一度目に雪まみれになって家に帰った時、ユヴェンサはシチューの煮込みを始めており、玄関の扉と風防の間にその匂いが充満していた。
「あなた! どうしたの、その格好!」
「リリスはどこだ?」
 ヨリスはシャベル(これを凶器として使った事は誓って一度もない)を扉の外に立てかけ、雪で凍った髪を手で払いながら尋ねた。雪と氷が首筋に落ちて冷たかった。長かった髪は結婚の直前に切ってしまい、以来ずっと短いままだった。
「居間で遊んでいるけど……お風呂にする? ひどい格好よ」
「構わん。いつもの事だ」
「いつものって」
 雪で真っ白になったコートを脱がずに家に上がりこむ夫の背を、ユヴェンサはため息をついて見送った。
「演習帰りじゃあるまいし……」
 四歳のリリス・ヨリスは、父親が居間の戸口に立つと顔をぱっと輝かせて塗り絵をやめた。
「パパ!」
 色鉛筆がローテーブルをころころ転がって、絨毯の上に落ちた。
「パパ、パパおかえり」
 両腕を広げて駆けてくるので、ヨリスは床に片膝をついた。娘は父親の首に両腕を巻き付けて、抱きついた。ヨリスはぎこちなく幼い背中に手を回し、壊れもののようにそっと撫でた。
「おかえりなさい」
「ああ」
「パパ、どこ行ってたの?」
 リリスは父親と母親の両方によく似ていた。とりわけ大きくて華やかな印象の目と、がっしりした体格と、体が未発達だからこそよくわかる骨太さは、ユヴェンサにそっくりだった(その素晴らしい体つきをして「将来良い前線指揮官になりそうだ」と評したところユヴェンサから猛烈に怒られた事がある)。
「お前が飼う為の動物を確保した」
「えっ?」
「動物を連れてきた」
 どうぶつーっ、とリリスは甲高い声で叫び、様子を見守るユヴェンサのところにぴょんぴょん跳んでいった。
「動物さんどこ? ねえ、パパ、動物さんどこ?」 
「ここだ」
 ヨリスはコートの大きなポケットに手を突っ込んで、真っ白く固まった紐状のものを取り出した。
 ユヴェンサはぎくっとして固まった。
 リリスはリリスで真顔になり、それをまじまじと見つめてから、すっかり興奮の引いた顔で父親を見上げた。
「パパこれなに?」
「蛇だ。冬眠中だが、暖かい室内で面倒をみればじきに春だと勘違いして動き出す」
「……」
 娘は父親の労苦を顧みず、無情に言い放った。
「これじゃない……」
 それから顔をしかめて泣き出しそうになった。
「やだぁー! 毛の生えてるかわいい動物さんがいいー!」
 ヨリスはいつも通りの無表情で途方に暮れた。ユヴェンサが額に人差し指と中指を当てて首を横に振った。
「元の場所に埋めてきなさい」

 かくしてヨリスはもう一度雪まみれになる事を余儀なくされた。
 二度目に雪まみれになって帰った時、前庭に自分たち一家のものではない、しかし見覚えのある車が停まっていた。
「じぃじー!」
 今度はユヴェンサが出迎えに来ず、代わりにリリスのきゃっきゃとはしゃぐ声が聞こえてきた。
「じぃじ好きー!」
 果たして居間にはユヴェンサの父・元南西領防衛陸軍西部方面軍第二陸戦師団師団長・現西部方面軍参謀本部事務参謀局長グラムト・チェルナーの姿があり、リリスを両手で抱き上げてぐるんぐるん回して大笑いしていた。
 ヨリスの冷たい視線に気づいてか、舅は孫娘を絨毯の上におろして敵愾心に満ちた笑顔でヨリスを迎えた。
「ほお、これはマグダリス・ヨリス少佐殿。その格好は何だ? 娘に風邪を引かせる気か?」
「中佐です、チェルナー中将」
「大将だ!」
「毎週毎週、何故私が休暇の日に限っていらっしゃるのです」
「何が言いたい」
「あなた、シャワーを浴びてきたら?」
「ねえ、パパー」リリスがヨリスの足に両手を添えた。
「あのねー、じぃじがねー、今度来たとき動物買ってくれるんだってー!」
「……」
 ヨリスは娘の頭に右手を置いた。
「そうか。ではパパは今日中にお前に好きな動物をあてがう事にしよう。何がいい」
「君は本当にいい性格をしているな」 
「かわいくて毛が生えたものがいいと言ったな、リリス」
「大きいのがいい!」
「待て! 動物は私が選ぶ。君に『かわいい』という概念が理解できるとはとても思えんからな」
 ユヴェンサは蛇の件があるので黙っていた。
 ヨリスは無視した。
「かわいくて、毛が生えていて、大きいのか……」
「それでねえ、いざというとき食べられるの!」
「パパは本当にお前の将来が楽しみだ」
「貴様はどういう教育をしている!?」
「熊はどうだ?」
「飼えるのにしてちょうだい」
「猫にしろ!」
 チェルナー大将が叫んだ。
「猫だ、猫! かわいくて毛が生えていて適度に大きくてさほど手も掛からず人なつこくて20年も生きて情操教育にはもってこいだ!」
「ヒトなら80年生きるわよ、ギィ」
 ユヴェンサが悪魔のように微笑んだ。
「ヒトにするか」
「待て、人身売買はよせ」
「冗談です」
「君がいうと冗談に聞こえん! もういい! これ以上の話あいは無用だ。猫、猫、猫! 猫に決定!」
「しかしながらチェルナー大将、猫の捕獲には仕掛けが必要です」
「買ってこい!!」
 ヨリスはそっと溜め息をついた。
「ユヴェンサ、車の鍵を」
「待て、私も一緒に買いに行く。君には安心して任せられん。いいな、ユヴェンサ!」
「もう好きにしたら?」
 ユヴェンサは台所に戻って行ってしまった。
 そういうわけでヨリスはいやいやチェルナー大将の車で出かける事になった。
「君は猫を飼った事はあるかね?」
「いいえ」
「動物を飼った経験は?」
「ございません」
「ふん、まあいい。猫ならユヴェンサも飼った経験があるから……何故そんな所に座る?」
 ヨリスは後部座席の運転席側に座った。
「事務参謀局長ともあろうお方と同席するわけには参りません。何より助手席は万一の際の死亡率が最も高い」
「一言多いぞ」
 車が滑り出した。
 途端にチェルナー大将が黙った。
 ヨリスも黙った。
 間にユヴェンサもリリスもいないと会話ができない二人である。
 チェルナー大将が口火を切った。
「……そういえば第三」
 ヨリスが素早く窓の外を見た。
「第三師団の」
 車の進行に合わせてそのまま後ろを向いてゆく。
「ええい、何を見ている!」
「猫です」
「なにっ、猫?」
「大量にいます。まるで我々を監視している様です」
「猫? どこだ? どこだ? 私にも見せなさい」
「屋根の上――」
 と、ヨリスは息を吸った。
「前を見ろ!!」
 急ブレーキがかかった。
 車が凍った路面をつるつる滑り、大将が必死にハンドルを切った結果、車は街灯にぶつかり、助手席を潰して止まった。
 周囲の家の窓から続々と人が顔を覗かせた。
 大将はハンドルを抱きかかえ、腕に額をくっつけてううむ、猫、猫、と唸っている。
 ヨリスは運転席に手を伸ばしてドアロックを外し、ベルトを外して外に出た。それから運転席のドアを開けた。
「チェルナー大将――」
「いたた……いたたたたたたた……」
 ハンドルで胸を打ったらしく、前のめりの姿勢のまま動かない。
「ご安心ください。幸いにもここは災害派出所の目の前です」
 と言っている間にも録音された鉦の音を響かせながら、斜め向かいの車庫から事故災害緊急車両が車庫からずるりと出てきた。
「きっ、貴様」
「大将、ご安静に」
「貴様、私が無類の猫好きと知っての狼藉かっ!」
 ヨリスは呆れて肩を竦めた。
 災害出動隊員がストレッチャーを転がしながら走ってきた。
「大丈夫ですか!」
「……けが人は一名だ。ハンドルで胸を打っている」
 邪魔にならぬよう車から離れた。隊員たちは二人がかりで怪我人を運転席から担ぎ出した。
「退院したら覚えておれ!」
「何をなさるおつもりです」
 ヨリスに指を突きつける大将を、隊員は強引にストレッチャーに寝かしつけた。
「いいか、私が退院したら毎日、毎日、毎日貴様の家に入り浸ってやる。週に一度しか家で寝泊まりしない父親に代わってだな――」
「黙りなさい!」
 業を煮やした隊員が怒鳴りつけた。
「……では、私はそれまでに退役軍人会のパンフレットを取り寄せておきましょう」
「何だと!」
「だから動かないで! あっ、あなたご家族の方ですか? でしたら付き添いを」
「来なくていい!」
「行きません」
「何だと? 舅が大けがをしているんだぞ! 貴様はそれでも人間か!」
 大将はストレッチャーで運ばれながら更に叫んだ。
「いいか! 猫だ!」
「だから静かにしなさいって!」
「絶・対・猫だ! 必ず猫だ! 猫を買え! いいな! 絶対だ!」
「……」
 ヨリスは犬を買った。


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チューリップに電話したい。

チューリップに電話をしたら、
「はい、チューリップです」
と言うのだろうか。
可愛い声で。
それで
「色は何色ですか?」
と優しく訊いたら
「ピンク色です」
とか、
「ピンクと白のまだらです」
とか、答えるだろうか。可愛い声で。
「今、どこにいるの?」
と尋ねたら、
「今どこそこの駅にいるの」
「今どこそこの橋を渡っているの」
「今あなたの家の前にいるの」
「今、あなたの後ろにいるの」
と、答えるだろう。
後ろを向けばベッドがあるので、私はベッドにシャベルを突き立てる。
そうするとベッドは土のようにさくり、さくりと掘れて、中から半ば腐った、人間の足が出てくるのだ。
真冬、夜明けの薄明かり、私は出てきた死体の前で途方に暮れている。


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